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第285号  この国のお金のしくみ

「なんかもうやってられないぜ」と、ちょっとスペイン語のアールの巻き舌風に山本一力の人情話に出ている登場人物の啖呵のごとく言いたくなることが国際協力の現場では、ときどきあるのではないかと思います。相手の国の人たちがちっともわかってもらえないとき、相手の国の人たちがちっとも動いてくれないとき。むずかしく、ガバナンスの問題である、と分析してみてちょっと軽くため息をつく方もいらっしゃると思います。もっとも日本に居ても、なんとかならんのか、と思うことがたくさんあることは諸兄諸姉の御見識の通りかと。■でも、よくみると途上国でも日本よりもガバナンスが進んでいる部分が見つかったりすることもあります。例えば、国の会計の仕組み。日本のはとても単純に言ってしまうと、仕組みは大福帳、じゃなかった、小遣い帳と同じ。お金の入りと出を管理する仕組みです。帳尻がきちんと合うなら、どこがいけねえのかい、とお思いでしょうが(支出が多くて帳尻もあっていないようですが)、これって、結構、シリアスな欠陥がありんす。例えば、お金は入ってきても、その先が、税金からか国債からか、国の借金、一体いくら今あるんだ、ということが分からない。また、お金は使えば無くなるという仕組みなのですが、ところがどっこい、道路を作ったり橋を作ったり、あるいはコンピュータを買ったり、何年、何十年と使える別の財産を得ることだってあります。一般の会社の会計では、この場合、何を得たか記載され、減価償却という、毎年、取得した財産の価値が減っていくという考え方をして、その減っていく価値分は溜め込む(留保する)という仕組みを持っています。なので、買い替えたりメンテナンスしたりするお金は用意される。でも国の場合は、一体、いくらの資産があるのかも分からない。■途上国では、“驚き桃の木山椒の木”、この会社の会計の仕組みを取り入れていたりしています。先進的でしょ。お金の面で国の状況が国民にわからない、というのはガバナンスの重要な情報の欠如。実は、過去に多額の借金をして、返せなくなって減免してもらうときに、こんなふうにやれ、と言われたわけですけどね。実は最近の国の会計は、ここ20年で大改革が行われた時代と記憶されるほどの大転換の最中だそうです。絶対君主制が終わり、近代国家が成立し、公的な財政概念が成育して国の会計の制度が整えられたのですが、ちょっと前にパブリックマネジメントの考えが取り入れられ、その展開と実践の過程で会計の制度改革は欧米で始まりました。こうした新しいことがいきなり途上国で始まってしまうところが、ときどきあります。携帯電話もそうでしたね。■欧米ではどうなっているかと言うと、例えば、ロンドン市内で駐車する場合。有料駐車場が少なくコイン式パーキングが多く利用されそうですが、日本と違うのは、その時間管理。あちらは午後6時で終了、翌朝まで無料開放。更に、土曜日の午後1時からと日曜日の終日も開放。これによって、町に人が溢れるのだそうです。経済的な効果もありそうですね。市民への満足の提供が重要で、公道の管理は従。こうした考えが、この新しい会計制度の根底にあります。日本でも東京都などいくつかの自治体が取り組んでいますが、その本質的なところも模倣して欲しいな、と思います。そして日本得意の換骨奪胎(1)(かんこつだったい)。そうすりゃ、“恐れ入谷の鬼子母神(2)”なんて諸外国に言われるでしょうね。えっ、そんな封建時代の古い駄洒落みたいなことを言っているようじゃ、“先が思いやられますって? 申し訳有馬温泉”でした。 (A.T.)

(1)換骨奪胎(かんこつだったい):骨を取り換え、胎児を取って使う意、古人の詩文の発想・形式などを踏襲しながら、独自の作品を作り上げること。他人の作品の焼き直しの意にも用いる。古いものに新しい工夫をこらして再生する(大辞林)。

(2)恐れ入谷の鬼子母神(おそれいりやのきしもじん):「恐れ入る」の「入る」と東京の地名「入谷」をかけ、さらに入谷にある鬼子母神に続けて口調をよくした表現。恐れ入りました、の意(大辞林)。

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