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第305号  人を評価するということ

私の子供の通う保育園では、意見箱に寄せられた内容が、園側の回答付で掲示板に張り出される。それを見ていると、世の中にはいろんな意見の人がいるな、というのを痛感する。
通っている保育園は、子供の自主性を重んじていて、そのために、その日のうちに「じゃあ今日は××に遠足に行こうか!」となることもあるという。そんな中、まだ肌寒い季節だったころ、 「寒い季節の急な遠足は困る、風邪でもひいたらどうしてくれる」という意見が寄せられていた。私などは、「急な遠足なんて大変だろうけど、連れてってくれてありがたい。」と思うクチなので、 この意見を見たときの感想は、正直、「面倒なことをいう人もいるものだな」。
・・・でも、、、ちょっと待てよ。しばらくたってから考え直した。うちの子供はあまり風邪もひかず、しかももし引いてしまっても近所に住む祖父母が預かってくれるから、私は仕事を休まずに済む。 だから寒い季節の遠足も「ありがたい」と言っていられる。 でも、この投書の主のお子さんが、もし病弱で、近所にサポートもなくて、仕事を休むたびに辛い思いをしているとしたら、、、、確かにわざわざ風邪をひくリスクを冒すようなことをされたら、怒りがわいてきてしまうだろうな。

そんなことを思いながら、保育園のお迎えを済ませて帰宅。家事をする私の傍らで、3歳のお兄ちゃんに足を引っ張られて、0歳の弟が泣き出した。 家事を邪魔された私は、すぐに「なんでいじめるの!!!」と声を張り上げてしまう。 ・・・でも、よくよく話を聞いたら、本人はいじめたつもりはなく、「お布団から落ちちゃったので戻してあげた」のだそう。そんなことがしょっちゅうある。

こんな小さな事柄ではあるが、自分の視点からだけで他人を評価してしまうと、大きな誤解になってしまうのだなあと実感する。 同じ日本人の、しかも働く子育て世代という似たような環境でも、そう。自分で育てている子でも、そう。 まして、育った文化や国が違えば、自分の視点だけで、他人を評価することの危険性は明らかだろう。 そして、ひとたび他人を評価してしまうと、それが覆ることはまずない。そうなってしまったら、もうその人をきちんと理解する道は閉ざされてしまう。
常に相手の行動を、その背景から理解しようとする心を持って、「私の視点は絶対ではない」ことを認識しつつ、人と接することを心掛けていきたい。難しいけども。(Y.A)

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