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第326号  Bさんの思い出

背が高くひょろりと痩せているが浅黒く頑丈な体型、辛いことがあってもじっと耐える辛抱強さを持つように見えるくぼんだ瞳、元公務員らしい生真面目な所作と穏やかな物腰。

西アフリカのニジェールに赴任後の2年目にBさんに初めて会った時、特に強い印象は抱かなかったものの、目の奥に意志の強さを感じたことを覚えている。彼がJICA事務所のナショナル・スタッフに採用となったのは、その後まもなくのことであった。

年配の彼はナショナル・スタッフのとりまとめ役として、また援助窓口となる外務協力省との折衝や以前の勤め先となる農業省との調整、労使間の仲介に至るまで、幅広い業務をこなしてくれた。業務面では、ニジェール的な考え方をよく理解している彼に助けられることがしばしばであった。農業省勤務時から日本の食糧援助等を知っており、「日本の協力はニジェールの役に立っておりとても重要だ」と語ってくれた。時には、私的な雇用問題で相談することもあったが、その際も彼は常に中立的な視点で物事を見ていたことを覚えている。

外務協力省の国際協力局長との話し合いの合間で、ラマダン(断食月)のプレゼントの話になった。ニジェールでは少数派のプール人(西アフリカの遊牧民族の一つ)であるBさんは、国際協力局長から「ラマダンではBさんから牛を1頭プレゼントしてもらったら?」などと冗談の種にされるほど親しまれる関係だった。その時も彼はにこりと笑っておどけて見せていた。

ニジェールは、遠いアフリカの国でありながら柔道や空手、合気道などの日本の武道が盛んであり、主な地方都市には柔道場などがあり稽古風景を見ることができる(JICAも青年海外協力隊員の派遣などで支援を行ってきている)。

当時、ニジェール柔道協会の事務局長も務めていた彼とは、一度、週末に柔道大会を見学した際に職場以外で顔を会わせたことがある。私自身も以前柔道をやっていたことから、ニジェール人のある審判の判定に、「これはおかしい、技ありではなく一本ではないか」などと二人で言い合いながら熱くなって試合に興じたことを思い出す。

ニジェールでの勤務を終えて1年半余りが過ぎた頃。その連絡があったのは突然だった。Bさんが亡くなったとのこと。ニジェールから帰国して間もない人に話を聞くと、最近は病気で体調を崩し、治療や入院などで休みがちであったらしい。

ニジェール支所やJICA本部関係者の方々のご配慮・ご尽力もあり、有志によるBさんの遺児育英資金ができた。ほどなく、奥様から関係者宛に丁寧なお礼状が送られてきた。

JICAの事業は、BさんのようなJICA事務所ナショナル・スタッフや、専門家・ボランティアのカウンターパート(職場同僚や上司)など様々な地元の人達との日々のやりとりで成り立っていると言っても過言ではない。これらの人達とどのようにお付き合いしていくか次第でその後の活動(あるいは生活)が左右されることもあり得る。協力先では地元の人達を大切にして日々を過ごすことが、国際協力に携わる者として活動以前にとても重要なことではないだろうか。

私自身これからも国際協力の現場でいろいろな人達に出会うことであろうが、Bさんのご冥福をお祈りするとともに、これからも一つ一つの出会いを大切に国際協力に携わっていきたいとあらためて思う次第である。 (A.N.)

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