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第352号  あれはリベンジだったのかな~ケニアでの援助調整経験から~

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ケニアで日本のかまどを広めた故岸田袈裟専門家(前列右から2人目)

もう10年以上前のことですが、国中いたるところ穴だらけの舗装道路を改善しようとケニアの道路局職員とどうするこうすると話し合いを始めました。ケニア側は日本の援助でドーンと立派な道路をいくつも作りたいということですが、今のでこぼこ道もかつての宗主国イギリスやヨーロッパ諸国の協力で作られたはずです。日本が作る道路は長持ちすることで有名ではあるものの、将来また同じような穴があいたままになるのが目に見えるような気もしました。

そこでわたしは「今回は『作る』のではなくて『維持する』ことで協力したい」と、いつもの上から目線で発言してしまい、とたんにテーブルの向こう側の熱が冷めたような会議となりました。それでも道路局の課長さんが「じゃあまあ試みにその方針でやってみよう」と言ってその場をまとめてくれましたので、わたし達は本部へ協力要請の報告を熱心に送り続けました。ただ、新しい病院や研究所を立てようという時の盛り上がりはなく、まるでJICAにお付き合いしてあげましょうという雰囲気が残っているのが気懸りになっていました。

数か月後に日本からの調査団が派遣され、日本の国土交通省に当たる役所の次官を表敬しました。調査団長は率直に「それでケニア側は実際どうしたいのか?」と訊きました。同席していたわたしは「次官までこの計画の細かい話は通っていないかもしれない。わたし達の報告と温度差の違うことを言われたら面目なしだな」とドキドキしました。

ところが、その次官は「小さな穴のときに修理しておけば少ない予算で維持管理ができる」と、この計画の趣旨を正確に強調しながらケニアの道路事情を具体的に説明し、「日本の協力を要請したい」と<熱心に>発言しました。当たり前と言えばそれまでですが、必要な場面ではきっちりとアピールできるように内部打合せができていたわけで、やる気がないような素振りを見せたのはこちらの出方をうかがっていただけなのか、あるいはわたしの上から目線へのリベンジだったのかもしれないと今頃思い返しています(苦笑)。 (A.M.)

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