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第367号  こどものジャンボの人生

遠い昔のことで恐縮ですが、子供の言語習得に関するエピソードをご紹介します。

今年就職した我が家の一人娘が3歳になるまで、東アフリカの某国に滞在していたことがあります。現地には同年代の日本人の幼児はほとんどおらず、娘はどこにいっても珍しがられて、優しく声をかけてもらっていました。そのうち、娘は自然にそれに応えるようになり、アフリカ人には「ジャンボ」(スワヒリ語で「こんにちは」の意味)、白人には「ハロー」、日本人には「こんにちは」ときちんと使い分けながら挨拶をするようになりました。2歳足らずで、相手の話す言語を見極めて挨拶を使い分けている・・・、親に似ていないまさかの語学センスと少しいぶかりながらも、わが子の吸収力に感心していました。

3歳になって日本に戻ったのち、横浜でアフリカ系米国人をみかけたとき、娘が指をさして「あっ、ジャンボだ!」といいました。なぜ挨拶に「だ!」がつくのか? なぜ指なんか指しているのか?
よくよく思い返してみると、「ジャンボ」「ハロー」は、その言葉を発しながら近づいてくる人たちそのものをも意味していたことに気づきました。つまり、「ワンワン」、「ニャンニャン」と同じように名詞として使っていたのです。
礼儀正しく挨拶していると思っていたものが、実は外国人に面と向かって明るく「ガイジン!」といっているようなものだったのかもしれません。

もう一つ別のエピソードのご紹介。
帰国して間もない七五三の季節、子供たちが両親に手を引かれ、神社にお参りに行くのを見た娘が突然「こどものジンセイ」とつぶやくのが聞こえました。何かの聞き間違いではないかと思い、「今なんて言った?」と聞き直すと、娘はこちらを見上げて「こどものジンセイ(人生!?)」と繰り返すのです。

確かに七五三のお祝いは人生の節目ではあります。昔は子供の生存率も低く、無事に育ったことを神様に感謝するのが七五三ではありますが、それを3歳の娘が理解しているはずはない・・・。そうこうしているうちに、次に和服姿の女性とすれ違ったとき、娘はこう言いました。「今度はおとなのジンセイ」 どうやら娘は和服を着ている人のことを「ジンセイ」と呼ぶことにしているようです。

ではなぜ、和服が「ジンセイ」になるのか? 謎が解けるまでにはかなり時間がかかりましたが、解けてみればなんということはありません。カギは赴任中に知り合いから譲り受けたビデオテープに隠されていました。

当時赴任地は首都であるにもかかわらずテレビ放送がなかったため、在留邦人は互いにビデオテープを貸し借りしながら楽しんでいました。我が家も先に帰国する日本人からビデオデッキとテープを譲り受けて、娘は、幼児向けのプログラムが録画された一本のテープを何度も繰り返し観ていたのです。

その中身は、ちびまる子ちゃん、サザエさん、そして水戸黄門。いかにワンパターンとはいえ、勧善懲悪時代劇のストーリーを当時1〜2歳の娘が理解していたとは思えません。でも繰り返し見るうちに、番組冒頭で流れる主題歌の最初のフレーズは娘の頭にしっかりと残ったようで、和服を着た日本人=「ジンセイ」となったようです。妙に感心してしまったのは、「ジーンセイ」と延ばすのではなく、もともとの読み方「ジンセイ」をきちんと使っているところでした。

以上、子供の適応力、吸収力そして言葉の習得のプロセスはとても興味深いものがあると感じたエピソードの紹介でした。言葉だけではなく、子供はいつの間にかいろいろなもの学んで身につけていくものです。日本とは違う文化に接したことが、知らず知らずのうちにその後の「子供の人生」に影響を及ぼすこともあるでしょう。

もし、アフリカ人の子供が羽織袴を着ているのをみたら、間違いなく娘はこういったはずです。
「こどものジャンボの人生!」。
娘の頭の中ではきちんとしたロジックがありますが、大人には、もはや理解不能だったでしょう。 

注:幼児の途上国随伴は常にリスクを伴います。現地の医療事情を踏まえて、適切に随伴の可否を判断するように留意願います。(H.M.)
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