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第376号  協力隊員の教え子は今

9月26日、東京神田の学士会館の一室に、溌剌とした日中の若者10名がパネリストとして並んだ。「私は、江蘇省南京市の東南大学で、JICAのボランティアの先生から日本語を学びました」と自己紹介したのは江暉さん。東京大学大学院学際情報学府の博士課程で学ぶ研究者の卵だ。
 この日開催されたのは、日中関係学会主催シンポジウム『若い世代の皆さんが日中関係について語る』。入会してからまだ間もない江さんだが、日中相互理解の重要性について、臆せず積極的に発言した。
 「異文化間の接触が、必ずイメージの改善につながるとは言い切れないですが、これをきっかけに、互いの本当の姿を見て理解を深めることによって、自分で判断できるようになるでしょう。私は日本に来て今年で9年目になります。一つの国に対するイメージは、単純に良い、悪い、の一言に収斂することが難しいと痛感しています。これは中国に対しても日本に対しても同様です。物事を評価する前に、まず重要なのは“知る”ことではないでしょうか」

 江さんが学んだ東南大学日本語学科では、毎年20人ほどの学生を募集する。もともとアジアの文化が好きだった江さんは、進路ではいろいろ悩んだが、最終的に日本語学科に入学することに決めた。日本人の先生は二人。「会話」の授業を担当したのが青年海外協力隊員として派遣された金倉美佐恵先生だ。江さんにとって初めて接した日本の若者だった。
 「子供の頃よくテレビで見た“スラムダンク”に出てくるキャラクターが、私の日本人のイメージでしたが、金倉先生は全く違う、清楚でおとなしい感じの伝統的な日本の女性でした」と江さん。金倉先生は、いつも大きな荷物を背負って現れる。その中には、授業で使う手作りのカードがたくさん準備されていた。出欠も厳しかった。授業も楽しかったが、一番の思い出は、先生の家で開かれた「カレーパーティー」。先生の手料理で初めてカレーライスというものを食べた。

 江さんが“衝撃”を受けたのは、そんなに真面目にやっている協力隊員がボランティアとして来ていることだった。外国人の先生は、高い給料をもらっていい住宅に住んでいる、と思い込んでいたのだ。
 江さんは、日本語学科に入ったときから何となく日本留学を希望していたが、なかなか具体的な情報がない。金倉先生に相談すると「応援します!」と、背中を押された。そして江さんは今日本にいる。

 江さんの将来の夢は先生になることだ。できれば日中双方で。
 「先生の使命は、ただの知識や情報ではなく、方法論を教えることだと理解しています。だから授業では、できれば中国や日本、さらに世界各国のいろんな側面を提供し、客観的な視点に立って学生と一緒に議論したいです。単純な好き・嫌いの目で世界を見ると、世界がただの二色に染まる。視野を広げれば、世界が多彩になり、自分の人生も豊かになるでしょう。」
 協力隊員の頼もしい教え子たちの未来に期待したい。(M.O. )
 
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日中の若いパネリストの皆さんたち(写真:日中関係学会提供)
 
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