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第451号  ダッカで会った彼

25年前だが記憶に残る出張がある。
たしか8月だったか、私はバンコクからビーマン航空でダッカに向かっていた。到着時刻が近づき窓の外に目をやると、眼下には一面の海が広がり、前方には大きな島がひとつある以外になにもない。まだか、と思ったちょうどその時、降下開始のアナウンスが聞こえてきた。「どこに降りるのか?」という私の不安をよそに機体は高度を下げて、雨季真っ盛りの空港に降りた。私が「島」だと思ったのは洪水で水に囲まれたダッカ市だった。そこは平坦なデルタ地形に大量の雨が降り、河川の氾濫と洪水を毎年繰り返していた。

さて、到着した日の午後、ダッカの役所を訪れた私たち出張者の前に2枚の地図が置かれた。
隣合わせの地形図を跨いで東西方向に1本の太い河川が描かれているが、左方向から来た川は地図の境目で急に消えてしまい、右の地図では全く違う場所を流れていた。左右両側から掘り進めたトンネルが真中で見事にすれ違ったような図柄に全員が「???」。
どちらの地図が正しいのかと悩む私たちだったが、未熟な測量技術か、作図ミスか、と理由を詮索するうちに、誰かがつぶやいたのは「2枚の地図は同じ時期に作られたのか?」。
そうなのだ。地図はどちらも正しいかもしれず、作成年が少し離れていたために河道が変わった可能があるのだと聞かされた。洪水のせいで川が数年で移動する? そんな国に1億人以上のひとが住んでいることも驚きだった。

ほかにも驚きの多い出張だったが、一番はダッカ行きの機内での出来事だ。なんと、バンコクから偶然私の隣に座ったのは日本人だった。東京から出張してきた靴メーカーの社員で「ダッカで縫製業が成長しているから、製靴工場を建てて輸出できないか調べに行く」のだという。25年前のことで援助関係以外の邦人に会うとは全く予想していなかった私は、この民間企業の行動力に驚き、同時に感心もした。今もバングラデシュの輸出を支えるアパレル産業だが、このあと90年代に輸出金額を急伸させていったのだ。いま思えば、そこには私が機内で会った彼と同じような人たちが、沢山いたと思う。

途上国の人々の生活を良くするには、社会基盤や人材を育てるだけでなく、それらを活かして変化を生みだす場所が必要だ。援助や社会貢献(CSR)以外でも、企業だからこそできることがあるはず。そんな橋渡し役として、ダッカの彼のような人が増えるといいなと、最近思っている。(S.O.)
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