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第473号  支援の現場から~協力隊員が見る、ネパールの今 (その3)

ネパールでの21か月の活動を終え、3月20日に日本に戻ってきて、半年が経ちました。学校教育現場に復帰した私から見た隊員活動の振り返り、そして今思うことをお伝えします。

任期の最後は自分にとって、これからもネパールで活動をし続けたいと思わせるものでした。自分が配属先の市役所から期待された業務は廃棄物量を減らすことです。予算不足の市にとって、ゴミ回収車の往復回数削減は大きな課題で、私は課題解決のために生ごみコンポストづくりの研修や分別回収の推進、子どもの清掃習慣形成を行いました。何が地域のためになるかを探るのに時間を費やしましたが、自分の経験を生かし、自信を持ってできることが、結局は一番相手に響いたようです。
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(写真:活動で立ち上げた子ども会の月例会)

活動の最後には自分が去った後も定期的に活動が続くよう、組織固めや作業のルーティン化を徹底しました。3か月後には私の後任が着任するので、今も活動が継続されているかを知るのが楽しみです。今後の市の様子を観察しない限り、私の活動の真価は分かりませんが、去年私がカウンターパートと始めた行事が今年も続けられていること、そして今も私に活動のことを思い出してメッセージをくれる人がいることを嬉しく思っています。

協力隊経験は、私ができたこと以上に、私に様々なことを教えてくれました。その一つが人生における優先順位です。ネパールでは人とのつながりが一番重要です。家族の結婚式があれば、準備期間も含めて休暇を取り、親の具合が悪ければ看護のため1週間休暇をとる。その結果給与が減ったとしても、家族を優先するのが自然です。私は帰国後10日で教職に復帰しました。ネパールに染まった自分が日本に戻り、土日も一日中部活動指導をする同僚を見ると、協力隊参加前にはなかった違和感があります。家族と共に過ごす時間を惜しんで教材研究をする。それまで当然のようにしてきた日々の仕事のやり方に疑問を感じるようになりました。
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(写真:生ごみのたい肥化を開始した学校での最終日)

ネパールより格段に便利で、物事が速く進む日本で、なぜ自分のため、自分の大切な人のために使える時間が少ないのかとネパール人に尋ねられたことを思い出します。日本では、洗濯を手ですることも、水を井戸から汲んで運ぶこともないのに、圧倒的に忙しく、家族と笑顔で話す心と時間の余裕がないのです。開発は人の幸せにつなげるためのものです。ネパール人がよく「ネパールにはお金がない、電気がない、水道もない、何にもないけど愛がある」と自慢げに語るのを聞きました。日本より発展していないネパールの方が幸せを誇れる人が多い、そんなネパールで暮らしたからこそ、人とのつながりを優先する生き方は今後も自分の中に生き続けると思います。

私は今回、国際協力への夢への一歩とするため、そして大学院で学んだ国際教育開発の知識や経験を人のために活かしたく、協力隊に参加しました。様々な課題にカウンターパートをはじめとした地元住民と取り組めたことを光栄に思う一方、開発課題にも多くぶつかり、開発の難しさを改めて感じました。帰国後、これからも国際協力へ関わりたい気持ちの高まりに加え、日本で途上国への関心を高めていきたいと感じています。中学生にネパールのことを話すと、「行ってみたくなった」という声とともに、「日本が一番だから、自分は絶対日本から出ない」という声も聞かれます。開発途上国の姿を伝え、日本の子どもたちに途上国の人々と共に生きるイメージを育んでいくこと、それが今すぐ私にできる国際協力です。ネパールにいた時のように最前線で活動できないのは残念ですが、日本人一人一人が、途上国を意識して生活できる時間が増えれば、世界はさらによくなるだろうと信じ、これからも中学生たちと思いを共有していきます。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。ネパールは人も自然も文化もとても魅力的な国です。ぜひ皆様もいつか訪れていただけると幸いです。(S.O. 2016年10月寄稿)

2015/08/07配信「その1」
第443号  支援の現場から~協力隊員が見る、ネパールの今 

2015/12/25配信「その2」
第454号  支援の現場から~協力隊員が見る、ネパールの今 (その2) 
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