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第481号  民間企業から国際協力に踏み出して

「Tranquila.」(大丈夫だよ。落ち着いて。ゆっくりいこうよ。なんとかなるよ。)
 青年海外協力隊(以下JOCV)日本語教師隊員としてパラグアイに赴任したばかりのころ、よくこう言われました。
正直、「トランキーラじゃないから…なんでそんなにゆっくり落ち着いていられるの?!」と苛立ちを隠せなかった私に、パラグアイ人は「大丈夫、大丈夫」と余裕の表情。JOCVの任期は2年間。「早く動き出さなきゃ。早く日本語が教えられる環境に戻さなきゃ。」と私は焦っていたのです。今、当時の自分に声をかけるとしたら、それはやっぱり「Tranquila.」でしょう。

さて、国際協力とは関係のないIT関連企業に勤めていた私が、なぜJOCVに参加したのか、きっかけは何だったのか、と聞かれることがあります。
JOCVは私の夢の一つでした。高校生の時にたまたまTVで、海外で活動するJOCVと、その周りで大きな目をキラキラと輝かせて駆け回る子どもたちの姿を見て、国際協力に興味を持った私は、いつか開発途上国へJOCVとして行きたいという想いを抱きました。大学生時代にはタイの山岳民族の子供たちの支援に関わり、将来JOCVに参加するときはタイに行きたいとも考えていました。社会人になってからも頭の隅にあったJOCV。社会人3年目に突入したころ、「我が人生に悔いなし」とよく口にしていた亡き祖父の言葉を思い出し、JOCVに応募、3度目の正直で合格しました。タイに行きたいと思っていた私が派遣された国、それは南米のパラグアイでした。

パラグアイ赴任前は現地の人のために何かしたいと思っていましたが、たくさんのパラグアイ人や日系人と出会い、彼らのために私ができたことよりも、彼らからしてもらったことのほうが多かったと感じる2年間でした。
援助国と開発途上国というと、援助国だけが何か提供していると見られがちですが、実際には人との関わりを通してお互いの文化や価値観の違いといった自分の国にはないものから得られることがたくさんあります。家族を大切にし、どんな時も明るく前向きに乗り越える力があるパラグアイの人々から学ぶことがたくさんありました。「Tranquila.」の精神もその一つです。

パラグアイには日系社会があり、今から80年前に日本から移住した方々が地球の反対側で暮らしています。大きな声では言えませんが、100年以上前に中南米に移住した日本人の方々がいたことを、パラグアイに行くまでは知らなかった私が、帰国後は縁あってJICA横浜で日系社会支援事業に携わらせていただいています。パラグアイに行くことは全くの想定外でしたが、パラグアイに派遣されたからこそ今の業務に携わることができたと思っています。日々の業務に追われていると忘れてしまいがちですが、“今”は必ず次のステップに繋がっているのだと感じられるようになりました。
もしも足踏みされている方がいらっしゃるなら、まずは一歩、踏み出してみませんか。(JICA横浜 S.I.)
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