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第484号  シリーズ 国際協力の第一線(団体編)~50年の時を経て~


1961年に創立されたオイスカは昨年55周年を迎えました。その活動を振り返る時、単なる一団体の歴史ではなく、勝手ながら“日本の国際協力の歴史”だと捉えています。

その歴史の第一歩を踏み出したのは1966年6月のことでした。
食糧難に直面していたインドの国民を救おうと、全国の心ある篤農家18名が食糧増産を目指し、開発団員として海を渡ったのです。今のようにインターネットで何でも調べられる便利な時代ではありません。生活に密着した情報もない中、インドは暑い国だろうと軽装でカシミールに向かった団員たちは、防寒着が手に入るまで凍えながら過ごしていたという話は語り草になっています。

昨年(2016年)の6月、その地を訪ねる機会を得ました。本部事務所の倉庫から発掘した50年前のアルバムのネガをスキャンしてパソコンに取り込み、インドに持参。現地では当時の開発団員の活動を間近で見ていたという老人たちに会うことができました。彼らに写真を見せると、なんと団員一人ひとりを指さしながら名前を口にし、神仏に対してそうするように写真に向かって手を合わせたのです。50年の時が流れた今も「インドのために」と汗を流した日本人が、彼らの心の中に生きていることを知って言葉にならない感動を覚えました。

アルバムに記録されている彼らの日常を少しご紹介しましょう。
お手製のドラム缶風呂に浸かってくつろぐ姿。インディラ・ガンジー首相の激励を受け、緊張の面持ちの団員たち。母親に連れられて宿舎にやってきた、ケガをしている子どもに薬を塗っているやさしいまなざし。頭にターバンを巻いたインド人青年たちと同じターバン姿で肩を組む笑顔。年末には日本大使館で餅つき。宿舎の一角には神棚があります。
日本の心を大切にしているからこそ、インドの人たちの文化や生活をも重んじられるのでしょう。「教えてやるんだ」といった驕りなど1ミリも感じられません。だからこそ地域に溶け込み、受け入れられたのだと思います。
インド到着後、背広を脱いだYシャツ姿で田植えをする開発団員とそれをもの珍し気に眺める地域住民たち
(インド到着後、背広を脱いだYシャツ姿で田植えをする開発団員とそれをもの珍し気に眺める地域住民たち)

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(農作業の後の至福の時間)

18名の開発団員はいわゆる専門家ではありませんでした。田舎で農業を営んでいたおじさんたちです。英語も話せませんでした。ただ、ひもじい思いをしているアジアの同胞を助けたいという一心でインドに赴き、農業技術の普及に努めたのです。
それが50年前、国際協力の第一線で活躍した先輩たちの姿です。 

日本の国際協力の歴史を築いてきた大先輩たちを誇りに感じると同時に、その姿から私たちが学ぶことはたくさんあるのではないかと思っています。
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(子どもたちに囲まれて、この笑顔!)
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