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自然の多様性を守ることと、貧困問題の解決とは車の両輪  ミッション実現に向けた企業からNGOへの転身 ~社会貢献活動におけるキャリア(環境編)⑥~

【プロフィール】
専門は森林生態学。東京都出身、国際基督教大学卒業、北海道大学大学院地球環境科学研究科卒業(博士)。(株)三菱総合研究所にて、国内外の炭素クレジットを活用した森林プロジェクト形成の支援、衛星データを利用した森林モニタリング技術に関する研究、生物多様性など環境問題に関する調査等に携わる。20104月より現職。途上国における森林再生、森林保全プロジェクトの開発、森林炭素クレジットの効果的な活用に向けた検討、UNFCCCにおけるREDD推進に向けた政策提言等に携わる。
 生物多様性の保全活動を行っている国際NGOコンサベーション・インターナショナル(以下CI)は1987年に創立された。環境破壊が深刻な問題としてまだ多くの人に認識されていなかった時代だ。当時、環境問題に関わる仕事をするとは夢想もしていなかった浦口さんだったが、その後次第に森林の生態に関心をもつようになったという。北海道大学大学院にて森林生態学の博士号を取得した後、民間企業を経て、NGOへと歩みを進めた、その訳を尋ねた。
 
 活き活きとした自然の営みに憧れて
森林に興味をもった理由ですか? たぶん東京育ちなので自然の中で暮らしてこなかったというコンプレックスもあったかもしれません。自然や生物への関心から、大学院ではカエデを中心に森林生態学を研究しました。

 森にはいろいろな木があります。多様な種類から構成されています。では、それらの木々はどうやって育っているのでしょうか。仮にすべての木が生存のために同じ戦略をとれば、競争は激しくなり、明確な勝敗がつきます。様々な種類の木が存在できません。

 各々が他とは違う戦略をもって、互いに関係をもっているからこそ森は持続できる「系(一つのまとまり)」として成り立っています。それが生物の多様性です。研究を進めるほど、わかってきたことも多かったのですが、あるとき私が見ているその生物の多様性の中に人間は含まれていないことに気がついたのです。

現実に目を向けると、元来生物多様性を担保してきた森林は、人間の関わりによって、破壊されていた。
このままの研究を進めても、森林を消滅させていく要因となっている「人の振る舞い」ひいては「世の中」を変えることはできない、と思うようになりました。

 世界中で人口が増え、農地開拓や薪炭材のために木が伐採され、森がなくなっていく。あるいは、より安価な資源の入手や伐採による洪水の防止など、自国の利益や安全のために国内の木を切ることをやめた先進国に資源を供給するため、途上国の森が無秩序に荒らされていく。加えて、開墾された農地は持続的ではない農法により土地が痩せ、生産性が落ちてしまう。そのため、また新たな農地を求めて木が切られる。そのような現象が起きています。

 このままではいずれ森はなくなり、不毛な土地が増え、人間の生活までもが破綻する。そうならないための社会づくりに貢献したいと思うようになったのです。

 アカデミズムの世界から社会を変える企業活動へ
社会の仕組みを変えるにあたって、もっとも直接的なのはテクノクラート(専門知識を備えた行政官)になることだ。そういう発想からか浦口さんは当初、国家公務員を目指したという。しかし、知人に三菱総合研究所(以下MRI)を勧められ、方途を変えた。
国家公務員の面接対策として民間企業を受けようと思い、知人に相談したところ、MRIを勧められたんです。事業内容を調べていくうちに「持続的な土地利用に関われる可能性がある」ことがわかり、俄然興味をもちました。

 学生時代、博士課程まで進み、研究職以外の道をそれまであまり真剣に考えていなかったので、世の中の業界や職種に関してとても無知でした。MRIを知るまでは、日本の国土と自然の管理を司る立場である公務員の仕事を「これだ」と思って準備をしてきました。しかし一方で、異動が多い中で自分のやりたい仕事ができるのか、転勤・引越しの繰り返しに耐えられるのか、といった不安がありました。そんな時、公共に関わることができ、興味に合致する、転勤のない民間企業の存在を知ったことで、半ば目をつぶっていたその不安な思いに向き合うことができました。育った東京にUターンして腰を落ち着けたかったというのも大きな要因です。さっそくMRIに応募した結果、ご縁があって採用にいたりました。 

 MRIは大きな組織なので、さまざまな部署があり、多くのテーマを扱っています。基本的に全員が部署間異動や転勤のない専門的バックグラウンドに基づく「部署採用」です。私は、2005年入社後、科学安全政策本部で、途上国と先進国共同の温暖化対策であるクリーン開発メカニズム(CDM)などに携わりました。

温暖化の一因とされているのが温室効果ガスのひとつである二酸化炭素(CO2)の増加です。1997年、京都で開催された気候変動枠組条約COP3で京都議定書が採択され、各国の削減目標が設定されました。そして、その目標の達成のため、森林等の吸収源によるCO2吸収量をカウントすることが認められました。樹木は、成長する際に大気中のCO2を吸収し、バイオマスとして貯蔵するからです。先進国は、すでに温室効果ガス削減のための様々な努力をしており、削減の効率をさらに高めるために導入されたメカニズムのひとつがCDMです。CDMでは、途上国で削減された温室効果ガスの排出量を先進国が取得し、その削減目標にあてることができます。

私の仕事は、森林のモニタリングに関する調査・研究、そして国内外での森林炭素プロジェクトの形成支援でした。学生時代の経験を生かしたデータ解析や現地調査も行いました。

 クライアントは自治体や企業、研究機関で、技術的な支援や共同研究を行っていました。

 社内外の協力があるとはいえ、私の専門知識を超えた領域もあり、基礎から学ばなければならず、苦労したプロジェクトもありました。けれども後で振り返ると、知らない分野に挑戦したからこそ、結果として、世の中の流れを先取りする仕事に関わることができたのだと思います。また、色々な側面からものを見られるようになりました。こういった経験は現在の仕事でも役立っているように思います。

 全般的に世の中のニーズにつながる仕事ではありましたが、次第にそれよりも、「私の目指したい世界」の実現に向けた取り組みをしたいと思うようになりました。より具体的なミッションの実現を求める世界に魅力を感じ始めたのです。

 民間企業からNGOへの転身を決めた理由
浦口さんの一貫した関心は「生物多様性」にある。多様性の存続は、実は貧困問題と密接につながっている。途上国には、露命をつなぐため、森林を伐採しなくてはいけない人、持続的な漁業への配慮などしていられない人がいる。陸海域の自然保全は、そこで暮らす人々の生活を守り、貧困削減に寄与するものでなければ功を奏しない。
企業活動には様々な目的や要素があります。企業の理念、株式会社としての営利追及、プロジェクトごとのクライアントが求めているアウトプット、そしてプロジェクトを通じて私が世の中に貢献したいこと。

 これらの目的意識を同時に持ち続けることが苦手であると、仕事をする中で気がつきました。MRIでお給料をもらいながら働いている限り、苦手といって避けられるものではありません。それで転職を検討するようになりました。

次の仕事にCIを選んだのは、MRI時代に一緒に仕事をするようになり、その際、組織(CI)のミッションや戦略を知ったことも影響しています。とりわけ、人間の豊かな生活の実現を目指して生物多様性の保全と貧困削減に取組んでいるところに共感しました。

 たとえば、実のなる木を植え、収穫物を販売することで収入が得られるような支援をする。開墾した土地に元々生えていた木を植え、森林をつくり出しながら、その土地に適した持続的な農業が出来るよう支援する。そうすれば、地元の方々の生活を改善するとともにと環境破壊を防ぎ、健全な生態系を守ることができます。

 MRIを退職後、20104月よりCIでプロジェクトのコーディネーターとして働いています。組織の基本的なスタンスは、「途上国の問題はその国の人でなければわからない」です。担当しているプロジェクトでは、日本のドナー企業と現地のCI事務所をつなげて、スムーズにプロジェクトが進むよう支援しています。フィリピンやインドネシアにおいて、日本のメーカーとのパートナーシップにより、果樹を組み合わせた自生種(その地域にもともと生育する植物の種類)の植林、代替生計手段の創出、環境教育などに取組んでいます。

 これらのプロジェクトに共通しているのは、生態系の保全と貧困問題の解決の両立を目指していること、そして自然の機能をより活かすような生計手段を実現していくことだといえます。

 ソーシャル・キャリアの選択に迷いはなかったか?
 民間企業からNGOへの転職により、実現したいことに直接関われるようになった。その喜びはあったとしても特に収入面での待遇は変わるはずだ。人生設計に迷いはなかったのか。
NGOで働き、満足な収入を得ることは、まだまだ日本では当たり前ではないと聞いています。ただ、CIは専門性をもって働くことを誇りにし、重視しているため、能力に見合った収入を確保するよう組織をあげて努めています。そうでなかったら私も転職先に選ばなかったでしょう。

 多少の収入減があろうと、私のように民間企業からNGOに転身を考えている人に助言できることがあるとすれば、社会人として揉まれた経験は役に立つということです。

 企業で働いていた頃、携わる案件ごとに異なる視点で多角的に見ること、なおかつ効率と完成度が適切な範囲で両立するソリューションを求められました。そういう企業で培った発想と実行力は、いまの仕事に役立っていると感じています。


立場がNGOになったからと言って、実際にやっていることは、私の場合、民間企業にいたときと大きくは変わりませんでした。変わったことは、ミッションとして掲げられた「目指している世界」の実現に向けて一歩一歩進んでいるという意識を持てていることです。提案書やレポートを書いたり、現地に行ったり、あるいは調査を行ったり、講演をしたり、それら全てが前に進むための一歩なのです。CIで働きはじめてから5ヶ月、ようやく仕事のやり方に慣れてきたところです。世界中に散らばる同僚とも少しずつ関係を築きつつあります。大きな目標は同じでも、それぞれ抱えている問題や考え方は異なる。科学という共通の土台の上で、どのようなソリューションをどのように導くか、大きなテーマです。CIには、それに挑戦する可能性と土壌があると感じています。


本インタビューは、「ソーシャルキャリアはどうつくる」で公開していた内容と同一です。