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温暖化問題解決にどう貢献できるか!? 多分野の専門家としてのアプローチ ~社会貢献活動におけるキャリア(環境編)④~

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【プロフィール】
1988年、大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士後期課程修了。理学博士号取得。()日本エネルギー経済研究所を経て、1998年、()地球環境戦略研究機関上席研究員として気候変動の国際及び国内政策デザインの政策研究を行う。温暖化ビジネスのコンサルティングを行うクライメート・エキスパーツを2002 創業。世界最初のCDM方法論承認を受ける。PEARカーボンオフセット・イニシアティブを2007 に設立。その他、ADBJBICのアドバイザーや慶応大学SFCの非常勤も。
  温暖化問題に関わる事業を行っている株式会社PEARカーボンオフセット・イニシアティブの代表取締役、松尾直樹さんの経歴のふりだしは、宇宙や重力の起源とは何か?を問う理論物理学だった。そこから温暖化問題の政策措置研究、ビジネスコンサルタント、さらには国際開発事業と異なる世界でキャリアを築いて来た。一見つながりの見えない選択だが、その背景を貫く法則と選択をもたらした動機は何か?松尾さんに尋ねた。

気が付けば、環境問題に踏み込んでいた
中学生のとき量子力学、相対性理論に興味を持ったことをきっかけに、高校では理系を選択、大学では物理学科を専攻しました。宇宙の始まりに関心を持ち、素粒子を研究したいと考え、大学院に進みました。その後、博士号をとったもののいわゆる「ポスドク *」を3年間経験しました。

 その間、1988年くらいから社会で地球温暖化が問題として取り沙汰されるようになり、私もなんとなく気になり、勉強してみました。そのうちに大きな危機感と同時に興味を感じるようになり、「この問題に真剣に取り組みたい」と思い始めたのです。
物理学を志したことと温暖化問題への興味。いずれも関心を持ったきっかけは、松尾さん曰く「よくわからない」。だが、純粋な関心に起源は問えないものだ。気がついたときには、心が興味の対象に奪われているからだ。
未知の世界に踏み込む不安はなかったが、無為無策だったわけではない。転身にあたっても自分に何ができるか?何をすべきか?を懸命に考えた。
理論物理という専門性が温暖化問題に直接役立つことはあまりありません。けれども「物理屋は案外つぶしが効く」のです。研究によって論理的な思考能力がトレーニングされているので、その気さえあれば自分の専門外の分野にも十分取り組める能力があります。逆に既成概念に囚われず独自の視点でものを捉え分析することもできます。そこが武器となりました。

 温暖化という問題に取り組むには、気象研究所の行っているような物理学のモデルを使った研究方法もありますが、それは「私でなくても誰かがやるだろう」と考えました。そして、温暖化問題への対処に社会経済からの視点こそがいま必要とされているようだから、その切り口で研究すべきだろうと結論づけました。

 なぜなら温暖化などの環境問題は、経済や社会制度といった「本流」があって、それに付属した問題だからです。温暖化だけを問題にしても、それを生み出している深部の原因までは手が届かない。温暖化という問題の解決に向けた切り口をどのように設定できるか。それを考えることが最も重要だと思いました。
 
多分野の専門家としてのキャリア形成
社会経済から温暖化を捉えるにはどうすればいいか。熟考の末、こう判断した。「温暖化を扱うにはエネルギー分野は避けては通れない。」キャリア形成および知識とキャパシティの拡充も踏まえて選んだのが、財団法人日本エネルギー経済研究所(以下、エネ研)だった。
エネ研を選んだのは、温暖化問題解決の中心にある課題が(温暖化問題そのものではなく)いわば他分野であるエネルギー問題にあると判断したからです。これをきちんと扱って初めて温暖化問題の分析や有効な解決策を探ることができると思いました。

 1991年にエネ研に入所してから改めて感じたのは、しばしば引用されるエネルギー経済モデルはあくまで政策判断のための「ツール」であり、計算された結果よりもその「解釈」の重要性です。正しい解釈ができなければ、ツールの使い方と限界がわからず、温暖化問題を解決していく政策にも結びつかない。そうした一連の発想がなければ、経産省の政策担当者や電力会社といったエネルギー問題における当事者が何を考えているのか理解できず、解決方策にも結びつきません。

 また、エネ研では北欧で導入されてきた環境税の調査もしましたが、その過程で、環境税は税制改革や財政政策の中のツールとしての役割が第一であって、環境問題の視点からだけで解釈していては本質を見失うことを知りました。北欧ではGDPの半分強が税金です。直間比率を間接税にシフトしたいものの、付加価値税率が上限に張り付いている中で、環境税は唯一受け入れられやすい大型間接税として導入されたものなのです。そのような背景や本当の理由を知らずに、ただ環境問題の視点からのみ考えていたのでは、環境税という政策手法の本質を理解したことになりません。
包括的に温暖化問題を考えれば、当然政策にも関心は及ぶ。しかし、エネ研は日本のシンクタンクであり、クライアントである日本の省庁等が期待していることは政策提言ではなく、あくまでも政策をつくるための「調査」であった。
1997年の京都会議(第3回気候変動枠組条約締約国会議)の前に「排出権取引」という概念が取り上げられるようになりましたが、当時、日本ではほとんど知っている人がいませんでした。そこで自分なりに詳細に調べた結果、遵守強制力が弱くなりがちなこの問題において、経済活動に排出削減を「埋め込む」というアプローチ、市場原理を持ち込むことの必然性を強く感じました。この制度を成功させるためのエッセンスなども理解することができました。

 そして、それを日本に応用するためにはどのような制度であればよいか?などを考察してみました。ただ、日本の役所が外部に政策提言(政策デザインのアイデアや提案)を求めることはほとんどありません。

 エネ研での「調査」活動は、自分のキャパシティビルディングの上ではよかったのですが、シンクタンクの仕事に限界を感じました。
松尾さんは京都会議後の1998年、政策提言型シンクタンクを標榜して発足した地球環境戦略研究機関(以下、IGES)に転職。気候変動の国際及び国内政策研究に加え、政策デザインの提言を積極的に行うようになる。
 京都会議では京都議定書が採択されたものの、まだまだ排出権取引やクリーン開発メカニズム(以下、CDM)の細目ルールが策定されておらず、行政も企業もビジネスにおいてどのように活用していいかわからない状態だったという。
それまでに排出権取引やCDMに近いことも研究していたので、IGESでは、京都議定書というフレームワークの中でいかにそれらの考えを運用化していくか、またCDMのベースラインをどうやってつくるか、といった重要な方法論について考えていました。

 そのひとつとしてCDMにおけるベースライン方法論の標準化は必須だと思っていました。プロジェクトを行う際、計算の仕方や考え方が国ごとやプロジェクトごとに違うと制度として矛盾してしまうからです。ところが標準化に関する当時の議論といえば、関連技術のCO2排出削減原単位のベンチマーク(指標)を適当につくればいいというレベルでした。

 様々なプロジェクトタイプがありえるためトップダウンで「ベースラインの値の標準化」を定めるのは難しい。ならばボトムアップで「ベースラインの求め方」をつくり、トップダウンでそれを承認すればいい。研究者としてそう考案し論文をいくつか書きました。これは、後述のコンサルタントになってから、世界初のCDMの方法論としてCDM理事会に承認される成果となりました。ここでは、法則化を生業とする物理屋の経験が活きました。
 
時代の潮流の中で自分の役割を考え、ビジネスに踏み出す
私の関心事はあくまで温暖化の研究自体ではなく、解決策を探ることですから、CDMのスキームも市場メカニズムや国際協力という切り口で、温暖化問題にどう貢献できるかについて研究し、国内外に向けて政策提言してきました。

 やがて京都議定書のルールブックであるマラケシュ合意(環境省:京都メカニズム情報コーナーPDF資料を参照する)が2001年にでき、CDM理事会も発足、本格的に動き出しました。

 CDMはビジネスに結びついて本物になります。排出権取引がまさにそうですが、温暖化問題対策をいかにビジネスに組み込んでいけるかが重要です。そこで、自分が成すべきことを考えたとき、これからは研究職よりも、ビジネスを動かすところに寄与すべきではないかと思うようになったのです。
2002年、クライメート・エキスパーツを起業、温暖化ビジネスのコンサルティングを開始した。キャリアの分岐点で松尾さんにキャリアモデルはいなかった。自身、コンサルティングの経験もない。それでも新たな一歩を踏み出したのはなぜだろうか。
特に誰かの影響を受けたわけではなく、あくまで自分で考え、ベストと思う選択をしたつもりです。温暖化のコンサルタントも先例がおらず、成功の目算があったわけでもありません。むしろ先例がいなかったので、CDMのプロジェクトに関心を持ち始めた商社などに対するコンサルティングが成り立ったのだと思います。

 その結果、世界最初のCDM方法論承認に成功するなど、それなりの実績を残すことができました。ただ、クライメート・エキスパーツはクライアントのビジネスの手伝いをするので、「途上国の貧困問題にメスを入れた民間によるCDMプロジェクトを実現して欲しい」、「自分ならこうして実現できる」と思っても、仕事として依頼がなければできません。

 各国で動いているCDMのプロジェクトのほとんどを初期の頃から見ていましたが、途上国の貧困地域で行われているのは、国際援助機関のプロジェクトくらいです。

 CDMの特徴は、排出権を生み出す価値で市場が動いていくところにありますから、誰もやらないならば自分でビジネスをやればいい。そう思い、温暖化問題やCDMのプロジェクト、カーボンオフセット事業を行うPEARカーボンオフセット・イニシアティブ(以下、PEAR)をつくったのです。PEARとはPartnership for Environmental Action with Responsibilityの意味で名付けました。
プロジェクトをビジネスとして成立させるには、お金がまわり続ける仕組みが必要だ。貧困地域でのプロジェクトとCO2削減。開発支援と環境という価値を、CDMを通じて融合させれば、市民や企業に認められ新しく市場化する可能性がある。
寄付ではプロジェクトは続かないので、リターンのあるモデルをつくりたい。いま作り出そうとしているモデルの一つは、BOPビジネス **CDM版で、BOP層がさらに貧しいBOP層に対し、エネルギー供給ビジネスを行うというかなり革新的なモデルで、バングラデシュが舞台です。

 最貧困層でも厨房用燃料や照明は不可欠なので、バイオガスや太陽光発電を導入すれば生活は明らかに向上します。しかし(マイクロクレジットがあっても)最初にそれらのインフラに投資するほどの現金を彼らは持っていない。
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 そこでBOPの比較的上位層にマイクロクレジットを活用しながらそれらのインフラを導入し、今度はその上位層が下位層に対し配電サービス行ったり、バイオガスをチューブで供給するサービス(マイクロ型エネルギー供給事業)を行う。それが上位層の「ビジネス」として成立するようになれば、最貧困層の払うコストは、維持費だけで済みます。すなわち、従来型の政府プログラムのターゲット層より低所得者層までカバーできるわけです。加えて、このような再生可能エネルギー利用プロジェクトは、CDM化できれば、生成される排出権を販売することでさらに資金が追加され、このビジネスモデルの拡大が期待されます。途上国の中で成立する閉じたモデルをつくることも可能ですが、私はそこに先進国の市民や企業の関与を、排出権をリターンとするソーシャルな投資モデルへの参画という形で組み込みたい。すなわち新しいモデルと価値観をつくりたいのです。
 
新しい未来をつくるための価値を創造したい
CO2削減がCDMのチャンネルを通じ、価値を持つようになればビジネスが成り立ち、そのようなプロジェクトを販売することで、先進国側の投資家にリターンを提供することができるようになります。

 いま具体的に手がけているのは、中国重慶の貧困農村での家庭用バイオガス事業で、農家の飼育している豚等の排泄物を発酵させ、バイオガスを発生させるタンクを戸別に設置し、自立型エネルギーシステムを構築するというものです。この活動は、石炭代替によるCO2削減と同時に屋内大気汚染防止、衛生向上や森林伐採の抑制等につながっています。
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 またバングラデシュでは、グラミン銀行系のエネルギー機関グラミン・シャクティと組んで前述のBOPビジネスを考案しています。この事業は、JICAの平成22年度BOPビジネス連携促進に向けた調査事業の公示案件(協力準備調査公示)の一つとして採択され、今後ビジネスモデル構築を提案する予定です。

 この場合も、中国重慶のプロジェクトと同様に戸別バイオガスダイジェスターを基本とした、数立方メートルのタンクを使ったシステムで、ワンセット数万円、中国の場合ではその1/3程度を政府補助金、残りを農家が負担します。中国はこの分野では先進普及国ですが、他のアジア各国でも(とくにオランダの開発機関であるSNVの技術サポートもあり)広範に普及プログラムが動きつつある農村開発の有望技術です。バングラデシュでは太陽光を使った無電化地域の電化も同様のモデルを検討します。

 こうした生活必需品であるエネルギーに関するプロジェクトは、コミュニティ開発のコアになり、さらに別のプロジェクトに派生する可能性を秘めています。
途上国の貧困地域の発展に関与する上で、松尾さんが念頭に置くのは、「どのような未来を選ぶか」に関われるビジネスモデルをつくることだ。
たとえば中国が主要交通機関を鉄道、車、飛行機のどれにするかは、中国の(そして世界の)CO2排出に大きく影響します。このような温暖化問題とは直接関係ない交通政策に関る選択が温暖化に与える影響は大きい。交通手段を選ぶとは、発展の仕方の選択であり、その選択は人々が「どういう社会を望むのか」という未来の選択に関わります。

 このような視点から、PEARの事業は大きくしないと意味がないと考えています。最初からプロジェクトの規模が大きくなることを前提に、中国では重慶農業委員会、バングラデシュではグラミン・シャクティというように、トレーニングやメンテナンスシステムを持つキャパシティの非常に大きな組織と組んでいます。広がりをもつ可能性のあるビジネスモデルをつくらないとモデルをつくる意味がありません。

 バングラデシュも中国重慶のモデルも、低炭素型の農村経済発展のモデル構築だと考えています。
「どのような未来を選ぶか」。これは個々のレベルに引き戻せば、国際開発の世界を志す人にもいえることだ。
本当に役立つ人になろうとするならば、環境分野を勉強しているだけではいけません。温暖化問題に携わっている人でも、メタンが燃えてCO2が排出される化学式を書けない人もいるくらいですが、対象とする専門分野以外の領域を深く知ったほうがいい。それもできるだけ深く、かつ複数の分野での専門知識を身につけてもらいたいものです。環境問題は「その背景にあること」をきちんと理解した上でメスを入れなければ実効性のある解決策は得られないという認識が重要です。

 キャリアの選択において、これまでやってきた分野を仕方なく変更せざるをえない場合もあるでしょうが、その際、「その分野でそれなりのことをやった」という認識があれば、他のところへ移っても問題はないと思います。やり切ったという心の整理がつくかどうか。それだけ真剣に深く関われるか。その態度が後のキャリアの方向性やあり方を決定づけると思います。

* ポストドクトラルフェロー(post-doctoral fellow)の略称のことで、大学院で博士号を取得後、大学等の研究機関で任期制の職についている研究者やそのポストのこと。
** BOPとは「Base (bottom) of the Economic Pyramid」の略。世界の所得別人口構成の中で、最も収入が低い所得層(目安として1人あたりの年間所得が3,000米ドル以下の人々)を指す言葉で、約40億人がここに該当すると言われる。BOPビジネスは、市場規模が約5兆ドルにも上ると言われるこの層をターゲットとしたビジネスのこと。

※本インタビューは、「”ソーシャルキャリア”はどうつくる」で公開していた内容と同一です。