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専門性を高め、さらにマネージメント力を強化!キャリアの幅を広げて国際協力活動中 ~協力隊の任期を終えて18年~

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青年海外協力隊(1992~1994年 任国:タンザニア、職種:果樹)の任期を終えて18年、相川次郎さんはNGO職員、国際協力機構(JICA)専門家を経て、現在、JICA国際協力専門員(農業開発・農村開発)として東京のJICA本部で働いている。「協力隊の活動は力不足で何もできなかった」と振り返る相川さんだが、その時の悔しさと人の役に立ちたいという強い思いをばねに専門性とマネジメント力を高めていった。


大学院へ進学、30歳で博士号を習得
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協力隊の任国タンザニアから相川さんが帰国したのは19947月だった。その2カ月後、愛媛大学の大学院を受験、合格した。果樹についてもっと勉強しないと次に進めない、と相川さんは隊員時代、ずっと頭の片隅で悩みを抱えていた。
 「タンザニアの落葉果樹は日本と違った。モモやプラムがタンザニアでは葉を落とさない。果樹隊員として何も指導できず、自分の至らなさを痛感した2年だった。もう一度しっかり勉強したかった」と相川さん。
 
 大学院では修士2年、博士3年の合計5年にわたって柑橘類の菌根菌の研究に没頭。勉強は苦しい日々だったが、博士号をとって海外で仕事をしようと目標を立てていた。
 博士課程を修了したとき、相川さんは既に30歳。就職先を探して、JICA青年海外協力隊事務局の帰国隊員支援室(現 参加促進・進路支援課)を訪問した。すると、笹川アフリカ協会が博士号をもつ農業の専門家を探しているという情報を教えてくれた。
 この仕事は、アフリカでトウモロコシの栽培技術を普及するものだった。専門の果樹でなかったため、相川さんは少しだけ迷った。だが自分の中で仕事の選び方についてプライオリティーを決めていたという。
 「農業を10点とすると、国際協力は8点。果樹は4点だった。農業と国際協力にかかわることができれば、果樹にこだわらなくてもいいと思った」

笹川アフリカ協会に就職、2度目のタンザニア
 笹川アフリカ協会(http://www.saa-safe.org/)は、アフリカで農業支援プログラムを展開している。相川さんが派遣された国は、協力隊時代の任国と同じタンザニアだった。世界銀行の「参加型農業開発とエンパワーメントプロジェクト(PADEP)」のメンバーに入り、農業技術普及専門家として活動した。PADEPの中で有用な農業技術を示し、それを普及させることがミッションだった。(http://www.saa-safe.org/www/tanzania.html
 「タンザニアへの赴任は2度目。協力隊のときは役に立てなかったから、今度こそリベンジ(恩返し)したかった」
 相川さんが力を注いだのが、タンザニアに自生するマメ科の作物ムクナを普及させることだった。トウモロコシの収量を上げるために農家は借金をして肥料を買うが、その借金を返せないという現状があった。ならば、大気中の窒素を植物にとって使いやすい硝酸塩に転換(窒素固定)するマメ科作物で土壌を豊かにすればいい。これは持続可能な農法でもある。
 相川さんは、ムクナをトウモロコシの間に植える畑(間作)とそうでない畑を用意。農民にとっても成長の違いが一目でわかるようにした。このやり方が奏功して、間作や、トウモロコシの収穫後にムクナを植える輪作に挑戦する農民が増えていった。
隊員時代に習得したスワヒリ語も、農民との対話で役に立った。あまり食べないとされるムクナの豆をシチューにして食べる地域を見つけ出し、レシピを手に入れた。
 「ムクナの普及は、行政を巻き込み、システマティックにできたのが嬉しかった」と相川さん。タンザニアに恩返しができたという達成感をものにした。

3度目のタンザニア、JICAの専門家に
 笹川アフリカ協会は3年半で辞めた。理由は、笹川アフリカ協会がタンザニアのプロジェクトから手を引くことが決まったためだ。アフリカの別の国に行かないかとのオファーを受けたが、「このままだと経験の幅、専門の幅、両方が広がらない」と断った。
 その後、PADEPでの実績が買われ、JICAのタンザニア・キリマンジャロ農業技術者訓練センタープロジェクトの専門家にならないかとJICA関係者から声がかかった。タンザニアでの活動歴も長く、博士号を保持しているのが評価されたようだった。
 このプロジェクトでかかわるのは稲作。相川さんの担当は、普及・農民研修だった。プロジェクト(期間は5年)はすでに走っていて、相川さんが合流したのは残り110カ月のときだった。
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 このプロジェクトの肝は「農民間普及」といわれる手法だった。これは、集中的に研修を受けた中核農家が周辺の農家に対して学んだこと、技術を移転していく、というやり方だ。
 ここで手がけたのが研修の改良だ。
JICAが実施してきたこれまでの研修は、期間が長く、マンパワーをかけるなど規模が大きかった。地方分権化の流れの中で、県が独自予算で研修を発注することが見込まれた。そこで、県自らの予算で実施できるようなサイズに再編成、簡素な研修パッケージを開発した。
 「専門家と喧々諤々の議論をして、サイズを小さくし、しかも成果を担保できるような研修を考案した」。相川さんたちが開発した研修はいまも継続されているという。 http://www.jica.go.jp/topics/2009/20091112_01.html
 
 このプロジェクトが終わるころ、相川さんは再び、JICAから声がかかった。今度は2つ。1つはこのプロジェクトの次のフェーズ、もう1つはケニアの小規模園芸農民組織強化プロジェクトだった。
 「どちらがいいか悩んだ。タンザニアはもう長いし、新しいチャレンジはそれほどないのでは、と思った。一方、ケニアのプロジェクトはチーム・リーダーのポストだし、チャレンジングだと思った」
 相川さんは、ケニアの小規模園芸農民組織強化プロジェクト(http://www.jica.go.jp/activities/issues/gender/case/10.html)を選んだ。37歳だった。

ケニアでチーム・リーダー、体重が7キロも減った!
 200611月、相川さんはケニアに赴任した。このプロジェクトは、園芸栽培を手がける農民らの収益向上を目指すもので、マーケティングに対応したアプローチを農民の意識の中に確立させたいと相川さんは意気込んだ。
 仕事仲間は、日本人の専門家3人とケニア人のカウンターパート6人。全員が年上。コミュニケーションが大事だと思い、当初は話し合いで決めようとした。ところが他のメンバーとことごとく意見が合わない。メンバー内で共通の体験がないから意図が伝わらない。6時間議論しても何も決まらない。
 「プロジェクトがなかなか回らず、きつかった。半年で体重は7キロ減った。なんとか1つ実績を作って、私に付いていけばいいと思ってもらえるようにしたかった」
 一旦話し合いで決めるスタイルをやめ、相川さん自らがアイデアを出し、まず実践するというやり方に変えた。
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 農民のベースライン調査を実施するときも、調査期間について「4~5時間で調査は終わる」と説明する相川さんに対して、カウンターパートは「1週間はかかる」と主張。だが、実際は数時間で終わった。

実績を積み上げていくなかで、ケニア側のリーダーが、相川さんの味方につくようになった。相川さんときちんと向き合って働けば、自分も成長できると思ってもらえたようだった。議論をするとカウンターパートたちからも建設的な意見が出てくるようになった。
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 このプロジェクトで相川さんがとりわけ強く意識したのが、農民の内発的動機を引き出すこと。どの作物を作るか、どうやって売るかを農民に考えさせるようにしたかった。 「タンザニア・キリマンジャロで農民間普及を担当したとき、金銭的な報酬のない中核農家がなぜ喜んでほかの人に教えるのか、説明がうまくできなかった。そんなことを考えてときに出合ったのがデシの内発的動機づけ理論だった」
 心理学の本、特に内発的動機づけの権威であるエドワード・デシの著書を中心に多く取り寄せ、読み込んだ。
 農民自らが市場調査を実施し、栽培する作物を決める。その後、アクションプランを提出し、作物や土壌、肥料などの技術研修を受ける、というカリキュラムを相川さんは策定した。タンザニアでの「農民間普及」の経験が役立った。
 
 このプロジェクトでは、約2500名の農家の園芸による平均所得を倍増させるというまれにみる大成功を収めた。

JICA本部で専門員、案件の枠組みを考える立場に
 このプロジェクトが終了する前、国際協力専門員の募集があった。農業開発・農村開発では数年ぶり。プロジェクトの第2フェーズの実施が決定した中ではあったが、相川さんは「他地域の他の案件にかかわって、経験の幅を広げたい。そしてこのケニアでの成果を他のプロジェクトに役立てるところがあれば、そうしたい」と考え、専門員に応募。見事合格した。
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 20104月から現在に至るまで、相川さんは国際協力専門員(農業開発・農村開発)としてJICA本部に勤務している。これまでの現場での仕事と違って、いまは専門員として30以上の案件を担当。専門家にアドバイスをしたり、新規案件の枠組みを考える日々を送る。専門員は、各案件のアドバイザーであり、プレイヤーではないので歯がゆい思いをすることもあるが、やりがいがあり大きな魅力を感じる仕事、と相川さん。
 特にいま取り組んでいるのが、ケニアで自らが手がけたプロジェクト「SHEP(小規模園芸農民組織強化計画)」のエッセンス(http://www.jica.go.jp/project/kenya/0604759/activities/index.html)を既存の案件に導入することだ。そのためにSHEP虎の巻をこれからまとめるという。  「SHEPのエッセンスを広め、日本の技術協力の良さを伝えていきたい。アフリカの人たちにとってはベネフィットになるし、日本のプレゼンスは高まる」

 相川さんの口癖は「人の役に立つ喜んでもらえることを続けていきたい」。キャリアの道のりでぶつかってきた壁はすべて「糧」と捉え、いかに次に活かすかを考えるようにしてきた。これを信条に相川さんはこれまでも、またこれからも歩んでいく。
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現役・未来の協力隊員への一言
 自分自身の特性を把握し、その上で特技、武器を持ちましょう。10年後を見通してキャリアを積んでいくのが良いと思います。とはいっても、現在の自分の判断で10年後に役立つことを見通すのは難しいかもしれません。だからこそ、今できること、やりたいことを体と頭を動かして、精いっぱいやってみてください。そこで学んだことを自分の財産にし、「やる」と決めたことはあきらめないという姿勢が大事です。


本インタビューは、「協力隊の任期を終えてX年」で公開していた内容と同一です。