― 11年間、発見の連続だった!
子供の権利を守るため世界中で活動を展開するセーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(SCJ)。SCJの現場で活動する立場から、NGOの組織を管理運営する立場になった定松さんに、現在の国際NGOで求められる能力についてお話をうかがった。
そもそも私は海外の現場で働きたいという志向を強く持っている人間です。SCJで6年、その前の別のNGOでの活動も含めれば合計で11年間、ネパールの現場にいました。11年の間には、海外での草の根協力の現場に参加するという関わりかたから、ユニセフなど国連機関との連携、イギリスの援助機関DFIDなど主要な二国間ドナーとのミーティングへの出席、他のNGOと連携してどのように相手国政府に働きかけていくかというようなマクロ的な関わりかたまでもさせてもらった。50歳が近くなって振り返ったときに、NGOの職員が現地で関わることは一通りしてきた。あとは後進を指導することや、本部でのマネジメントの活動が私に残された課題だと考えて、昨年(2009年)2月に事務局次長兼事業部部長として東京の本部勤務になりました。
11年間に及んだネパールの現場は発見の連続だったという。
ネパールは地域によって言葉も文化も社会のあり方も変わってくる多様な国で、いくらでも新たな発見があり、非常に興味深かったです。11年いたからといって、ネパールという国はわかった気にはなりませんでした。最後の最後まで、こういうことも自分は知らなかったのかと思い知らされることが多かったです。
ネパールの政治自体の大きな変化を目の当たりにし、ネパールの政治に深く関与した仕事に携わることもありました。
最後の国王が専制政治を敷いて、NGOの活動にも制限をはじめたという出来事がありました。NGOの活動の自由を守るためには自分たちが声をあげないといけないというところまで追い詰められました。それまで私たち国際NGOは住民に対して『自分たちのニーズを政府に声を出して伝えないといけない』と言っていたのに、自分たちが声をあげる側に回ることになってしまった。
『声をあげたら自分たちがつぶされてしまうから黙っていよう』という声や、『ここで声をあげないでNGOがどうする!』という声も出てきて、住民たちが逡巡するのと同じように悩みました。最終的には他の国際NGOとともに街頭に出て行って、『NGOの自由を守れ』と座り込みをしました。自分たちが住民に呼びかけていたことを実体験するという得がたい経験でした。
ネパールの政治自体の大きな変化を目の当たりにし、ネパールの政治に深く関与した仕事に携わることもありました。
最後の国王が専制政治を敷いて、NGOの活動にも制限をはじめたという出来事がありました。NGOの活動の自由を守るためには自分たちが声をあげないといけないというところまで追い詰められました。それまで私たち国際NGOは住民に対して『自分たちのニーズを政府に声を出して伝えないといけない』と言っていたのに、自分たちが声をあげる側に回ることになってしまった。
『声をあげたら自分たちがつぶされてしまうから黙っていよう』という声や、『ここで声をあげないでNGOがどうする!』という声も出てきて、住民たちが逡巡するのと同じように悩みました。最終的には他の国際NGOとともに街頭に出て行って、『NGOの自由を守れ』と座り込みをしました。自分たちが住民に呼びかけていたことを実体験するという得がたい経験でした。
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「観察するセンス」は…
















