青年海外協力隊から自治体職員へ ~採用された方の声

 今回は、青年海外協力隊として国際協力活動に参加したのちに帰国され、佐賀県職員にJICAボランティア等経験者枠として採用された田中 啓之(たなか・ひろゆき)さんにお話を伺いました。ここでは、現在国内で活躍されている方にスポットをあて、国際協力経験を国内で活かす道について探ってみたいと思います。

(以下、敬称略)

-まずは、国際協力に関心を持つようになったきっかけについてお聞かせください。

田中: 私が国際協力に関心をもつようになったのは、思い返せば小学生の頃に遡るのですが、修学旅行で長崎
   を訪れ、原爆遺跡を目にしたことでした。「世界平和」について漠然と考えるようになり、将来は国際協
   力に携わりたい、という思いを強く抱くようになりました。

-小学生の時の体験は、その後の進路にどのようにつながっていったのでしょうか。

田中: 国際協力に携わりたい、という思いから、高校生の時に、国際公務員を目指す決心をしました。そして
   、世界をフィールドに仕事をする上で必要となる「語学」と「国際関係」を学ぶために神戸市外国語大学
   に進学し、国際関係を専攻しました。しかし理論を学ぶにつれ、実践としての国際関係の経験が絶対的に
   不足していると感じるようになりました。
    そこで、大学卒業と同時に、栃木県にあるアジア学院(注1)で2年間、パティシパント(生徒たち
   を”participant=主体的に参加する人”と呼んでいます)として学ぶことを選択しました。そこで学ぶ人
   たちは、農民を支援する組織や農村で指導者的立場にある人たちです。当初、彼らの経験を前に、大学を
   出たばかりの私は圧倒されました。しかし彼らとの生活の中で、「国際社会や異文化間で生きていくに
   は、結果云々よりも自分の考えとそう考えるに至った理由をはっきりと伝えることが大切だ」ということ
   を学びました。

-それでは、青年海外協力隊に参加された動機やきっかけについてお聞かせください。

田中: 大学とアジア学院で学びを深める中で、世界のフィールドで実際の現場に赴き、自分がどれだけ通用す
   るか試したいと思うようになりました。ところが、人生とは面白いもので、アジア学院を卒業後すぐには
   青年海外協力隊の春募集に応募せず、卒業翌月から私は、岩手県にある三愛学舎(注2)で教員として働い
   ていました。そこで私は、自閉症の生徒の担任を務めました。「自閉症」とは、ある当事者が語るに「住
   む世界が一般の人たちとは全く異なる」感覚なのだそうです。実際に、着任した当初は、生徒の突然の行
   動に、驚きと戸惑いの連続でした。しかし、様々な文献や学習会から、彼らがなぜそうしたいのか・した
   くないのかを学ぶにつれ、少しずつ彼らの思いを理解できるようになりました。同時に、彼らも少しずつ
   私の思いを理解してくれるようになりました。三愛学舎で働き始めて2年目の7月のある日、一人の生徒
   と思いが通じた瞬間、これこそまさに異文化理解そのものだと感じる、そんな経験をしました。
    世界のフィールドで自分を試したい、という思いはずっと持ち続けていましたが、三愛学舎での経験が
   さらにその思いを高めてくれたことは言うまでもありません。3年目に、その“思い”を実現するため、青
   年海外協力隊に応募することを決めました。参加にあたっては、国際協力の原点は「人」であるという確
   信をもって臨むことができました。

きのこ(シイタケ原木)栽培研修での一コマ(ドリルで原木に植菌穴を開けています)
(きのこ栽培研修の様子)


-青年海外協力隊としての活動について、お聞かせください。

田中: 村落開発普及員としてネパールへ派遣されました。私に与えられた役割は、農民の組織強化に取り組む
   ことでした。
    しかし、突然やってきた外国人に「あなたたちの組織を強くする必要があります!」と言われても、す
   んなりと受け入れられる訳がないですよね。私は、この取組みの成功を握るカギは、「人」であり、ま
   た、その間に生まれる「信頼」であると考えていました。そこでまずは、組織のキーパーソンとなる農民
   の方へのアプローチを足掛かりにしました。
    何度も彼らの元へ足を運び、一緒にお茶を飲んで雑談したり、農繁期には仕事を手伝ったりしながら、
   粘り強くアプローチすることで、最初は「田中は面白いやつだ」から、「田中が言うなら、やってみよ
   う」と思ってもらえるまでに少しずつ、信頼関係を構築していきました。このような信頼関係を築くこと
   が、遠回りに見えて最善の策である、というのが実践を通じて感じたことです。

きのこ栽培研修を通じて出会った若手農民(真ん中のサローズさんは、2013年にJICAが実施する研修で、石川県で学んだそうです)
(童話「大きなカブ」を演じ組織強化の大切さを伝える)


-協力隊派遣後、現在の佐賀県職員としてのお仕事に就かれるまでの経緯や動機についてお聞かせください。

田中: 青年海外協力隊として派遣されていた時、当時のボランティア調整員の方に「佐賀県庁の職員採用ホー
   ムページが面白いよ」と教えていただきました。実際に採用ページを見てみるとそのユニークな内容に思
   わず笑ってしまいましたが、同時に、佐賀県には多様なバックグラウンドをもつ人を受け入れる寛容さが
   ある、と感じたことを覚えています。
    応募を決めた動機は二つあります。一つは、新しい風を取り入れようとする佐賀県の熱意に、私の経験
   を活かすことで応えたいと思ったからです。もう一つは、地方自治体の仕事は民間企業に比べて直接的に
   「人のために働いている」という実感を得られるからです。
    話はだいぶ遡りますが、国際協力に関心をもち始めた頃、母に、将来世界平和の実現に携わる仕事をし
   たいと伝えたことがあるのですが、その時、「世界ば平和にする前に、まずは私たち家族ば平和にせな」
   と言われたことが今でも鮮明に記憶に残っています。身近な人や周囲の人のために動けない人が、世界
   に働きかけることはできない。この時の母の言葉が、私を今の仕事に導いてくれたのだと確信していま
   す。

-それでは、現在のお仕事の内容について、お聞かせください。

田中: 現在は、佐賀県税事務所で徴税吏員として働いています。業務内容について簡単に言うと、「県税を滞
   納している県民に対して納期限内に納付するよう働きかける仕事」です。

-業務内容を伺うと国際協力とは結びつきにくいように思うのですが、国際協力の経験が現在の業務に活きてい
 ると感じる点はありますでしょうか。

田中: 協力隊では、自ら考え、動き、周囲の人を巻き込むことで与えられた役割を果たしてきました。「自ら
   が動かないと、何も始まらない」という確信は、協力隊での経験で得たものです。現在の業務において
   も、適切なタイミング・方法を考えながら、必要な人・関係機関に対してアプローチしていくことを実践
   しています。
    また、途上国での生活では何よりも「多少のことでは動じないメンタル」が養われたと感じています。
   現在の業務にはお金が関わってくる分、しばしば困難な状況に直面します。そんなとき、自らの取組みに
   自信をもって堂々と対応できる姿勢がとても重要になるので、国際協力経験で養われたメンタルが発揮さ
   れていると実感しています。

-それでは反対に、途上国での活動後に国内での業務に就いたことで、ギャップを感じたことなど、苦労された
 経験はありますでしょうか。

田中: それが、私自身とても不思議に感じていることなのですが、私はどんな場面・状況においてもギャップ
   やカルチャーショックといった類を感じません。確かに、新しい環境に飛び込むということには苦労がつ
   きものです。しかし、それはどのような職業、環境、人間関係においても同じことですよね。それらを苦
   労とはとらえず、向き合うべきことと割り切り、その仕事のプロフェッショナルとして取り組むべきこと
   は何なのか、を第一に考えるようにしています。

-どんな仕事でも取り組む姿勢は同じ・・・素晴らしいです。ちなみに現在のお仕事に関しては、特にどのような点で魅力を感じていますか。

田中: 目の前で“仕合せ”を実感できることです。県民の方から直接「ありがとう」と言ってもらえることがや
   りがいであり、小さな積み重ねが「良い仕事」につながります。
    また、“Think globally, Act locally”ということばがありますが、県庁は、まさに世界というフィール
   ドを見据え、県民の皆さんと一緒に県や地域をどう発展させていくかを考えることができる、格好の場だ
   と考えています。

-最後に、これから国際協力の世界を志している方、あるいは、国際協力活動を経て今後のキャリアについて考
 えている方へ、メッセージをお願いします。

田中: 今まさに私たちの周りには、「世界」と触れ合う場がますます増えています。これからも日本国内に
   は、観光や国際交流に限らず、様々な分野で国際化の波が押し寄せてくるものと思われ、その強い波は勿
   論、地方にも及んできます。その中で様々な問題に直面するであろうことは、想像に難くありません。こ
   れはつまり、国際協力経験者が、その情熱と強いメンタルをもって、周囲を巻き込みながら「良い仕事」
   ができる場がたくさん、地方に創出されることを意味します。
    佐賀県だけではなく、日本の至るところで今、私たちは必要とされています。
    皆さん、まずは目の前の人たちの心の平和から、世界平和を一緒に実現していきませんか?

農業部会(農業系隊員の勉強会)によるキャラバン隊事業での一コマ(農民と一緒に、童話「大きなカブ」を演じ、組織強化の大切さを伝えました)
(きのこ栽培研修を通じて出会った若手農民と)


注1:アジア学院とは、アジア・アフリカの農村地域で活動する農村指導者を招き、実践的な学びを通し
   て農村指導者養成のための研修を行う学校法人。
    http://www.ari-edu.org/
注2:三愛学舎とは、知的障がい等のある生徒が学ぶ高等部単独の特別支援学校。本科3年と専攻科2年、
   通年5年間の青年期教育を行っている。
    http://sanaigakusha.net/index.html
■ プロフィール
田中 啓之(たなか・ひろゆき)さん
佐賀県税事務所 職員
2010年、青年海外協力隊としてネパールへ派遣
村落開発普及員としての活動を終えて帰国後、佐賀県のJICAボランティア等経験者枠に採用される。
障害福祉課を経て、現職