FIELD STORY(12月号)

エジプト・日本科学技術大学で 少人数・実践型高等教育を推進

エジプト事務所 大村 佳史所長

エジプト事務所 大村 佳史所長

首都圏の地下鉄を整備 大学支援で人材育成にも注力

エジプトは人口1億人を擁する北アフリカの大国です。スエズ運河を抱え、アジアとアフリカ、欧州の接点に位置する同国は地政学上の「要衝の地」とされています。古代文明が栄えた歴史から観光業が盛んで、製造業や農業にも高いポテンシャルを秘めています。

他方、1952年の独立後にナセル大統領が提唱した汎アラブ主義に基づく社会主義的政策が今も尾を引き、公務員の過剰雇用や補助金などで政府支出がかさんでいます。原油輸出や観光収入などに依存し、産業開発も進んでいません。結果、若者の失業が深刻化し2011年に「アラブの春」を招きました。

以降、エジプトは政情不安と経済停滞に陥りましたが、2014年に就任したエル・シーシ大統領が同国の構造改革に踏み切りました。特定の補助金などの政府支出を抑える代わりに教育やインフラへの投資を進め、民間振興に努めています。治安も安定化し、GDP成長率は5%台に回復しました。

JICAは同国に包摂的・持続的な成長の実現、貧困削減・生活水準の向上、人材育成・公的セクター改革の3本柱で協力しています。特に2016年に「エジプト・日本教育パートナーシップ」が合意され、人口の約3分の2を占める若年層に対する就学前教育から高等教育までの支援に注力しています。

代表例がエジプト・日本科学技術大学(E-JUST)への協力です。エジプトでは高等教育機関への進学者が急増する一方、教育環境の整備が追い付かず、一人の教員が多数の学生を抱える「マスプロ化」が進行し、教育の質が低下しています。そこで、少人数・研究中心の実践型高等教育を導入すべく、2008年からE-JUSTの設立に向けた準備を支援し、2010年に開学しました。日本の15大学との連携の下、工学系大学院の教育研究活動に加えて大学全体の運営支援を実施。去年からは工学部と国際ビジネス・人文学部の学部授業も開講しています。

開学以来、これまでに200人以上の修士・博士号取得者を輩出しました。教員一人当たりの国際学術誌への論文採択数は2014年以来、国内トップを維持しているほか、充実した研究・教育設備と少数精鋭体制で質の高い日本型教育を進めています。今後はアフリカ各国との交換留学や産学連携事業も活発化させ、中東・アフリカ地域のハブ大学となるよう支援を続けます。

加えて、JICAは幼稚園を含む基礎教育課程で「エジプト・日本学校」(EJS)の設立・運営を支援しています。日本の小学校で行われる学級会や掃除などの「特別活動」をはじめとする日本型教育を導入し、現地の詰め込み教育の改善を目指します。既存の12の公立学校に試験的に特別活動を導入した後、今年9月には35校のEJSを新設の公立学校として開校しました。これと並行して、保育園や工業高校への技術協力なども実施中です。

博物館の建設で観光振興 再生可能エネルギー分野も

JICAはエジプトの主要産業である観光業への支援にも力を入れています。同国の重要な文化財が集まる「エジプト考古学博物館」は老朽化が進み、収蔵能力も限界に達したことから、2006年にピラミッドエリアで「大エジプト博物館」(GEM)建設事業を開始。博物館での展示や文化財の保存修復技術などの支援も実施しています。

GEMの建設は政情不安で一時中断を余儀なくされましたが、2020年に開館予定です。大規模な展示スペースと近代的な設備に加え、円借款で敷地の目の前に駅を構える地下鉄の整備も支援しています。同時にホテルや商業施設などの整備計画も検討が進んでおり、エジプトを代表する観光拠点として新たな価値を生み出すことでしょう。

このほか、再生可能エネルギー分野でも先駆的な取り組みを続けています。2003年には紅海沿岸のザファラーナで風力発電所建設のための円借款を供与し、世界で初めて「クリーン開発メカニズム」(CDM)が適用されるODA事業として注目されました。その後、太陽熱・ガス統合発電所や他の風力発電所の建設も支援したほか、現在は紅海沿岸のハルガダで蓄電池付きの太陽光発電所を建設予定です。ODAで先鞭をつけた後、国際協力銀行(JBIC)などによる民間資金導入も進んでいます。年中日差しが強く、紅海付近で強い風が吹く同国は将来、再生可能エネルギーを世界に供給する拠点となることも期待されます。

エジプトの構造改革はまだこれからです。JICAは教育やインフラなどで長期間の腰を据えた支援を継続し、同国の復興の鍵となる雇用創造を促して、さらなる発展に寄与していきます。

国際開発ジャーナル社 https://www.idj.co.jp/

国際開発ジャーナル2018年12月号
<今月の特集> 質高インフラ時代の「開発」を考える
~岐路に立つマスタープラン支援
1.総論
2.識者の視点
3.開発コンサルタントの声

Zoom UP ! インフラ輸出の現状とマスタープラン支援

□世界の景色から ガボン共和国
□Message from abroad 世界銀行 アフリカ地域局 戦略業務局長 ディアリエトゥ・ガイ氏
□荒木光弥の「羅針盤」 タイ東部経済回廊計画の歴史的顚末
□論説委員の視点 新たな知的支援の在り方を探る
□国会議員の目 /アフリカに魅了されて45年 途上国に信頼される国づくりを 衆議院議員 自由民主党 三原 朝彦氏
□BOOK
□World Headline
□Devex News
□Special Interview 調達代理の可能性拡大に取り組む (一財)日本国際協力システム(JICS) 代表理事 久保 徹氏
□News & Topics
□こだわりの現場主義 (株)リープフロッグベンチャーズ代表取締役社長 寺久保 拓摩さん
□連載 開発業界の安全対策(6)/開発事業と安全対策、両立の文化醸成を 海外安全.JP 代表 尾﨑 由博
□Special Interview 注目すべきは中国の太平洋進出 (公財)日本財団 会長 笹川 陽平氏
□IDJ REPORT 外国人材の活用制限を大幅緩和
□編集後記