FIELD STORY(5月号)

アラブ初の民主国家 若く優秀な人材が魅力

JICA チュニジア事務所 江種 利文所長

JICA チュニジア事務所 江種 利文所長

革命後に鈍化した経済成長 産業競争力の強化と地域間格差の是正へ

チュニジアは地中海に面した人口約1,100万人を有する北アフリカの国です。1987年からベン・アリ大統領の独裁政権が続いていましたが、2010年12月の露天商の青年の焼身自殺をきっかけに、政権内部の汚職や若者の失業率の高さに不満を抱いていた国民によるデモが勃発。翌11年、ベン・アリ政権は崩壊しました。いわゆる「ジャスミン革命」です。この革命後、チュニジアは民主国家へと生まれ変わり、表現や宗教の自由などが保証され、国会議員や大統領の選挙は平和裏に行われました。国会の機能が不十分であるなど課題は残っていますが、「アラブの春」を経験した国の中で唯一民主化に成功した国としてその行方が注目されています。

経済状況は、政変前の実質GDP成長率は年率5%程度で推移していたものの、政変が発生した2011年は外国人観光客や新規投資の減少などによりマイナス成長に転じました。ですが治安の回復とともに観光客も増加し、18年のGDP成長率は2.5%と前年よりもやや上向きました。とはいえ、天然ガスや石油といったエネルギー資源をほぼ輸入に頼っている同国では、慢性的な貿易赤字を抱えているほか、年率7%台のインフレが続くなど物価が高止まりの傾向にあります。他にも、高学歴層の高い失業率や、工場の進出など産業発展が進む沿岸部と農業や鉱業(リン鉱石)以外に主要産業がない内陸部との格差の拡大など、課題は山積みです。

そこで、JICAは雇用創出を含めた産業競争力の強化と、地域間の格差是正に向けて、さまざまな協力を実施しています。その一つとして、同国のGDPの約1割を占める農水産業において、水産資源の管理能力の向上を支援しています。例えば、東海岸に位置するガベス湾には「地中海のゆりかご」と呼ばれるほどの豊富な水産資源がありますが、大型のトロール漁船による過剰な乱獲や藻場の破壊が進み、漁業環境の悪化が問題でした。この状況を改善し、適切な水産資源の管理ができるように、JICAは2005~10年に「沿岸水産資源の持続的利用計画」で人工魚礁の設置や種苗の放流などの技術移転を、12~16年には「ガベス湾沿岸水産資源共同管理プロジェクト」で南部沿岸地域の水産資源共同管理体制にかかる技術移転を実施しました。漁民と行政関係者の対話を促すことでそれぞれの水産資源の管理に対する意識を向上させ、漁場の整備も進みました。

「ガベス湾沿岸水産資源共同管理プロジェクト」にて実施された人工魚礁の設置作業
「ガベス湾沿岸水産資源共同管理プロジェクト」にて実施された人工魚礁の設置作業

水産業の人材育成にも貢献 雇用創出に向けた投資の促進を支援

2017年からは、ガベス湾以外にもこの取り組みを広げようと国別研修「水産資源共同管理及び水産物付加価値向上」を開始しました。チュニジアから行政官や水産関係者などを日本に招き、熊本県などの漁場を視察するほか、漁業従事者との意見交換を通じて水産資源の持続的な利用の方法について学んでもらいます。研修員が帰国した後は、JICA専門家を現地へ派遣し、彼らが日本で作成したアクションプランの進捗状況の確認やアドバイスなど、研修のフォローアップも行っています。国別研修は他のJICA事業に比べると低コストですが、同国の研修員の能力は高く、彼らは自発的に取り組むため、費用対効果の高い協力が実現しています。

このほかには、違法漁船を取り締まる監視船を無償資金協力にて供与するための準備調査も実施しています。同国では国内外の漁船による違法操業が年々増加し、監視体制の強化は喫緊の課題です。すでにチュニジア農業・水資源・漁業省は監視船の受け入れに向けて、69人を新規雇用し訓練を開始しています。加えて、機関士や船長の育成、船員に対する違法漁船を取り締まるための免許の取得の奨励なども実施しています。このように、
JICAは水産業への技術協力(ソフト)と無償資金協力(ハード)を組み合わせることで、同国にとってより高い開発効果を得られるよう支援を行っています。

雇用創出や貿易赤字の軽減に向けては、新たな産業を呼び込み、外貨獲得へとつなげたいという同国政府の意向を踏まえ、JICAとしても民間連携事業などを通じて日系企業の進出を後押しすることで協力していきたいと考えています。

例えば、(株)アレナビオは、同国最大の輸出産品であるオリーブを用いた商品化の可能性を探ろうと、「協力準備調査(BOPビジネス連携促進)」(現在の「途上国の課題解決型ビジネス(SDGsビジネス)調査」)を活用し、そこで得た知見を基にオリーブオイルの販売支援やオリーブの葉を利用した畜産・水産分野での事業拡大を目指しています。今後、チュニジアが民主主義国家としての安定した基盤を確立させるためにも、さらなる経済成長は欠かせません。沿岸部地域のインフラ整備が進んでいることや能力の高い人材が豊富にいるなど、成長へのポテンシャルは十分にある国です。開発が遅れている南部地域への支援も含めて、引き続き同国へ協力していきます。

国際開発ジャーナル社 https://www.idj.co.jp/

国際開発ジャーナル2019年5月号
<今月の特集>
多国間協調は可能か~G20大阪サミットへの提案
1.総論 2.主な課題と提言 3.市民社会の声
□Zoom Up! 新興国の存在高まるG20
□世界の景色から ネパール
□Message from abroad
世界銀行グループ副総裁(人事担当) ウスマン・ディアガナ氏
□荒木光弥の「羅針盤」 経済界に根づくSDGs
□論説委員の視点 2019年 座談会
□連載 国会議員の目
衆議院議員 社会保障を立て直す国民会議 玄葉 光一郎氏
□Special Interview インド太平洋構想は国際協調を促す
外務省 国際協力局長 梨田 和也氏
□解「国」新書 ラオスにおける金融分野の支援を通じて
日本政策金融公庫 阿倍野支店 国民生活事業 融資第三課長 恒川 孝司
□大学の国際化最前線 東京農工大学 グローバル・プロフェッショナル・プログラム(GPP)
□BOOK 編著者に聞く (株)長大
□開発コンサルタントニュース
□こだわりの現場主義 ジャマイカ教育省職員 古田 優太郎さん
□Devex News
□World Headline
□国際協力プロジェクト情報
□News & Topics
□連載 SDGsと自治体<下>/住民が目標達成に向けた戦略をデザインする
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任助教 髙木 超氏
□連載<2> 動き出すマニラ 鉄道が描く、マニラ大首都圏の未来
□編集後記