国際協力機構(JICA)

レジリエントな農業を意識
―デジタル技術のさらなる活用を目指す

JICA 社会基盤部 都市・地域開発グループ長 荒 仁氏

国際協力機構(JICA) 経済開発部長
牧野 耕司氏

国際協力機構(JICA)による農業技術協力の約5割はアフリカで実施されている。そうした中、7月28日に開かれた「JICA食と農の協働プラットフォーム(JiPFA)」の第2回総会ではコロナ禍による農業への影響と今後の支援の在り方も議論された。今後の展望を経済開発部長の牧野耕司氏に聞いた。

既存スキーム通じた緊急支援を

新型コロナウイルスの世界的拡大を受けて、経済開発部も迅速かつ効果的なコロナ対応を試行錯誤しながら実施している。その一つが既存協力案件の活用だ。近年、JICAはアフリカの農業支援として、自助努力による稲作拡大支援の「アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)」、小規模農家による市場用作物生産を支える「市場志向型農業振興(SHEP)」、そして、食と栄養改善のため国際的な取り組みを促す「食と栄養のアフリカ・イニシアチブ(IFNA)」の案件を多く実施している。この3つを私は「アフリカの団子三兄弟」と呼んでおり、現在CARDは32カ国、SHEPが26カ国、IFNAもすでに10カ国以上で既存協力案件がある。これらを活用することで新規案件の立ち上げ以上に迅速な支援が可能だ。例えば、コロナ禍で流通網が分断され種子の入手が困難になっていても、CARDの既存案件を通じた種もみ支給などの緊急支援を追加的に行えるだろう。

IFNAでも、例えばマダガスカルで栄養局と連携して免疫力を向上させるレシピを作成し、それを地元ラジオなどで普及する構想もあり、新型コロナの感染予防に資するだろう。また、IFNAのアプローチである栄養への着目は今後すべての農業案件に組み込んでいきたい。例えば、SHEPのトレーニングの一環で栄養の大切さを教え、増えた収入で栄養を重視した食生活を促すことが可能だ。

現在、JICA職員が、日常で食べた品名を入力することで摂取した栄養素と本来必要な栄養素のギャップを可視化できるスマホアプリを開発中だ。このアプリで不足している栄養素を把握し、栽培促進する作物を選定することもできる。こうしてアフリカ団子三兄弟をはじめ、農業案件の各アプローチを組み合わせ、シナジー効果を狙いたい。実際に、近場で実施されていたSHEP案件とCARD案件の間で知見を共有して、一緒に案件を進めるなど、組み合わせの試みは現場で多く生まれている。

農業で保険の導入も

新型コロナは数ある脅威のうちの一つだ。干ばつや洪水、蝗害など気候変動による災害も頻度を増している。今後の農業協力で重視すべきなのは、災害発生などの緊急時でも安定した食料生産システムを維持できるレジリエント(強靭)な農業を目指すことだ。

強靭な農業には、例えば天候インデックス保険や農業保険といった保険の導入が重要だと考える。現在、インドネシアでは政府が国を挙げて農業保険の普及を目指している。農業保険を提供するのは同国の政府系保険会社で、実施に必要となる再保険先としてスイス大手保険会社が連携できるよう、JICAが仲介役を担って交渉を進めている。このような協力を今後、他国でも展開していきたい。

また、レジリエンス向上には、先述のIFNAのスマホアプリのようなアグリテックの活用も有効だ。すでにさまざまな事例がある。例えば、農業のサプライチェーン強化にあたり、生産者と仲買人とが公正なビジネスを行えるよう市場価格などの情報を提供するスマホアプリの普及を後押ししている。このほか、南米コロンビアでの稲作の科学技術協力案件では、ソフトバンクグループが開発・展開する「e-kakashi」という農業センサーネットワークシステムを活用した。これは田んぼの水量や気温などの自然環境情報を計測後、そのデータを人工知能(AI)で分析し、栽培判断の補助をする日本発の技術だ。e-kakashiはこの案件で効果を実証したことで現地での評価が高まり、米州開発銀行(IDB)の支援を受けてコロンビア全土に展開するプロジェクトも実施される予定だ。また、衛星の情報とスーパーコンピューター解析を組み合わせ、気候変動下の降水量などの予測観測や、農作物への影響の測定、適合栽培技術の開発を国連大学と京都大学などがガーナ大学や気象庁と連携して行った事例もある。

6月1日、ガバナンス・平和構築部に新設立されたSTI・DX室は、JICA事業におけるデジタル技術とビッグデータの活用を推進するため、電子政府をはじめとする事業の実施や組織内の知識・技術・ノウハウの収集・蓄積のため設立され、民間企業や(国研)宇宙研究開発機構(JAXA)とも連携している。これにより技術活用のさらなる促進を期待している。

捨ててはならない「土臭さ」

各国に派遣していた専門家もコロナ禍で一同に帰国し、現在は現地とオンラインで連絡を取り、事業継続に努めている。

しかし、JICAの農業支援の核は、「魚をあげるのではなく、魚の取り方を教える」ことを目指す能力開発だ。そのためには「Face to Face」の姿勢を失ってはいけない。日本の専門家も現地の人と一緒に田んぼや畑で作業して、泥だらけになりながら現地に最適な農業の方法を試行錯誤しており、「土臭い」支援がJICAの強みだ。だからこそ、渡航制限が緩和されれば人の派遣も再開したい。その中で、デジタル技術の活用もオプションで組み込んでいく「デジタルとアナログのベストミックス」を、部全体で模索していくつもりだ。

国際開発ジャーナル社 https://www.idj.co.jp/

国際開発ジャーナル2020年8月号
<今月の特集>
途上国で高まる食料不安~アグリテックに活路はあるか
1.総論 2.深化する協力 3.日本の知見 4.テクノロジーの可能性
□Zoom Up!  「食料危機」の実態
□荒木光弥の「羅針盤」 JICAの歴史的快挙 職員出身の副理事長誕生
□新連載 第一回 ポストコロナ時代の航海図
中国の存在感が強まる世界へ 東京大学 法学政治学研究科 教授/未来ビジョン研究センター センター長
藤原 帰一氏
□特別記事 中小企業意識調査 海外展開には引き続き意欲的
□IDJ REPORT 燻り続ける開発途上国のエイズ問題
□論説委員の視点 アフリカにおける草の根NGO戦略
京都大学大学院 工学研究科 教授 木村 亮
□こだわりの現場主義
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川北 奈生子さん
□連載 Toward 2030 SDGsフロントランナー Vol.14
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□世界を読む コロナが脅かす世界の食料安全保障
元国連世界食糧計画(WFP)アジア地域局長
忍足 謙朗
□連載 IDE-JETRO×Country Review
ベトナム:構造改革と気候変動への対応を
-農業先進国に向けた課題
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所
地域研究センター 東南アジアⅡ研究グループ 研究員
荒神 衣美
□World Headline
□特集 ポストコロナの水協力
1.新たな課題
2.ODAの方向性
3.開発コンサルタントの声
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政策研究大学院大学(GRIPS) 教授
廣木 謙三
國學院大學 研究開発推進機構 客員教授
古沢 広祐
日本工営(株) コンサルティング事業統括本部
流域水管理事業本部 技師長
河原行弘
□開発コンサルタントニュース
□連載 コンサルタントの展望 Vol.9
パシフィックコンサルタンツ(株) 代表取締役社長
重永 智之氏
□大学の国際化最前線 鳥取大学 国際交流センター
□連載 国会議員の目
議院議員 公明党 高橋 光男氏
□News & Topics
□編集後記