国際協力機構(JICA)

感染対策に不可欠なインフラ整備を推進
新たな技術・手法を活用し開発の効果を一人ひとりに届ける

国際協力機構(JICA)社会基盤部 部長 天田 聖氏

国際協力機構(JICA)社会基盤部 部長
天田 聖氏

ポストコロナのインフラ整備はどう変わっていくのか。政府、国際協力機構(JICA)は人材育成などを含めた保健医療システムの強化に乗り出したが、そのシステムを支えるには電力や運輸交通などのインフラ整備は不可欠だ。施工・施工監理のあり方も抜本的な見直しが必要になっている。JICA社会基盤部部長の天田聖氏にポストコロナのインフラシステムの役割、実施方針などを聞いた。

保健医療も支えるインフラ

新型コロナウイルスの影響で、世界各国で医療分野を含むさまざまな課題が浮き彫りとなっている。国際協力機構(JICA)は、菅義偉総理による国連総会演説を踏まえ、開発途上国における医療施設の整備や関連人材の育成、検査体制の強化などを含めた保健医療システムを強化する取り組みを開始した。これまで日本が実績を重ねてきた手洗い習慣や母子保健、栄養改善など予防と合わせ、一層強化していく方針だ。

社会・経済インフラは、経済の復興や安全・安心な生活のためにはもちろんのこと、保健医療機関にとっての電力や水、医療機関へアクセスするための道路や橋など、ポストコロナにおいても不可欠だ。日本政府は、2021年以降の「インフラ海外展開に関する新戦略の骨子」において、新型コロナウイルスの感染拡大の影響も踏まえ、質の高いインフラの海外展開を今後一層推進していく重要性を示している。

「施工」をどう進めるか

JICAは109カ国に海外協力隊や専門家などを派遣していたが、現地の医療事情や交通状況などを勘案しやむを得ず、その大部分の5,600人ほどが一時帰国した。その間もJICA職員約280人を含む450人ほどは現地に残り、現地スタッフなどと共に、できるかぎり事業を維持し、現在は多くの事務所で体制を元に戻して可能な国から専門家の再渡航も進めている。

プロジェクトの現場に行けない間、遠隔でできることは可能な限り進めてきた。例えば、ラオスの「橋梁維持管理能力強化プロジェクト」は、今年7月末にビエンチャンで討議議事録(R/D)の署名を行った。スタートが遅れれば、プロジェクト全体、そして人々の生活に大きな影響を与えるため、遠隔で調査・協議を行い、事業が開始できるように努めている。ラオスの交通・運輸網整備は、日本がこれまでも重要な役割を果たしてきており、実務を担う開発コンサルタントや現地カウンターパートの経験値の高さ、過去の協働の過程で培われた信頼関係やネットワークの力によるところも大きい。また、道路アセットマネジメント・サブクラスターとして複数の国で同種の事業を手掛けてきたため、内外にノウハウがある点も、この状況下でここまでできた所以だと捉えている。

また、現地で行動制限措置がある中でも「フィリピン鉄道訓練センター設立・運営能力強化支援プロジェクト」で鉄道職員の研修をオンラインで継続しているように、技術移転も遠隔で取り組んでいるほか、課題別研修では来日が困難な中、可能な限りオンラインでの実施を進めている。

しかし、やはり現場に行かないと進まないことがある。インフラ整備において、「施工」は最も重要な工程だ。一部現地調査を除き設計まではなんとか遠隔でできても、現場に足を運ぶプロセスが必要となる。

コロナ禍でも工事継続に努めてきた関係企業の方々もいるが、関係政府からも「早く戻ってきてほしい」という声が強くあり、現在、可能な範囲で各国へ戻れるよう対応が始まっている。無償資金協力では、待機費用などにつき予備的経費の活用や、それでも不足する場合は外務省と追加贈与に向けた取り組みも進めている。技術協力や調査においても、渡航再開に向けた検討や、PCR検査など感染対策に必要な追加的費用の用意も進めている。

リスクにらみ、新たな取り組みも

ポストコロナで、世界のインフラはどうなるのか。予測は非常に難しいが、事態が落ち着いてから考えていたのでは遅い。リスクをにらみながら計画づくりを進めている。

保健医療分野の支援ニーズが高まっているが、経済・社会インフラ整備の必要性がなくなったわけではなく、特に上下水道や廃棄物処理システムの整備など生活インフラは衛生面から、防災分野は自然災害の激甚化により、必要性は高まっていると認識している。また外出制限や経済活動の停滞が続いたことで電力需要や人の移動にかかる輸送需要は一時的に減少したが、ポストコロナで回復する需要も見据え、欧州のグリーンリカバリー(脱炭素社会への移行とコロナ禍からの経済復興の両立)など、“脱炭素”の動きも加速している。

ソフト面での協力では、海外協力隊が手洗いの大切さを伝えるなど日本が従来続けてきたことを強化していく面と、新たに取り入れていく面がある。例えば、一般市民や脆弱層にとって極めて身近かつ深刻な課題である、都市交通における感染防止のための衛生対策がある。バス運営の技術協力で、衛生対策の研修を急遽、追加的に遠隔で行っているほか、バングラデシュで進めてきた公共バスや都市鉄道での料金支払いへのICカード導入は、感染防止策としても有効だ。

JICAは、開発協力の効果を高めるため、ICT技術の活用、さらにはデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいる。タイやミャンマーでは、電子基準点の整備と活用により、都市開発に必要な情報を効率的に提供するとともに、トラクター・建機の自動運転の実証実験などビジネスへの貢献の動きも始まっている。都市開発においては、ICTなどの新技術を用いて生活インフラサービスを効率的に計画・管理・運営する「スマートシティ」が国内外で注目を浴びている。日本の「住民参加型」アプローチを生かしたまちづくりの経験と、最新テクノロジーとを融合させて、開発協力における成功事例を生み出していきたい。

「人間の安全保障」を再考

新型コロナウイルスという世界共通の脅威によって、私たちは改めて、命や健康の大切さを認識した。昨年、亡くなった緒方貞子元理事長が提唱した「人間の安全保障」は、まさにJICAの柱となる概念で、私たちが途上国で進めるインフラ整備の事業は、社会・経済面の効果が一人ひとりの人々に届いてこそ意味がある。

例えば、9月にケニアで無償資金贈与契約を結んだ配電プロジェクトは、未電化地域における低損失型配電設備によって電化と電力の安定供給を目指す事業で、現地で「ラストマイル・コネクティビティ・プロジェクト」と呼ばれている。ケニアでは地熱発電の開発・運用や送電網の整備に協力してきたが、このプロジェクトを通じて、地熱で作られた電力が、最後の1マイル先にいる人々の命や豊かな生活につながる。こうしたインフラ本来の役割を理解してもらうため、全体像をストーリーとして示して、わかりやすく発信していく重要性も感じている。

最後に、この厳しい状況下で苦労しながら開発協力を進める開発コンサルタント/コントラクターや専門家など全ての関係者に感謝を申し上げたい。

国際開発ジャーナル社 https://www.idj.co.jp/

国際開発ジャーナル2020年11月号
<今月の特集>
近づく地球の“限界”~求められるプラネタリーヘルスの視座
1.新たな潮流 2.識者に聞く 3.分野越える協力 4.総論
□Zoom Up! 9つの“限界値”と損なわれる人間の健康
□世界の景色から インドネシア
□Message for Japan
東ティモール国立大学 工学部 主任講師 パウロ・ダ・シルバ氏 □荒木光弥の「羅針盤」
これからのODA戦略 保健医療協力を考える
□論説委員の視点 中国アフリカ攻勢の曲がり角
日本貿易振興機構(ジェトロ) アジア経済研究所 上席主任調査研究員
平野 克己
□IDJ REPORT 本気度試される日本の脱石炭火力
□世界を読む 欧州のグリーンリカバリーと成長戦略
京都大学 名誉教授/(公財)地球環境戦略研究機関(IGES) シニアフェロー
松下 和夫 □文献解題 グリーン・ニューディールと「気候正義」事
東北大学 教授 明日香 壽川
□連載 IDE-JETRO×Country Review
モーリシャス:「ドドの悲劇」を繰り返さない
立命館大学 国際関係学部 嘱託講師 井手上 和代
□こだわりの現場主義
株)ピリカ 代表取締役 小嶌 不二夫さん
□連載 Toward 2030 SDGsフロントランナー Vol.16
日本郵船(株)
□連載 国会議員の目 衆議院議員 国民民主党 古川 元久氏
□連載 第四回 ポストコロナ時代の航海図
ワクチンの公正な配分へ
ビル&メリンダ・ゲイツ財団 グローバルデリバリーチーム シニアアドバイザー
馬渕 俊介氏 □AD連載 長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科(TMGH)
presents SDGs時代の課題を読み解く vol.3
□民間企業の海外展開支援
(株)茨城製作所 代表取締役社長 菊池 伯夫氏
□BOOK
『アジア経済はどう変わったか―アジア開発銀行総裁日記』
□大学の国際化最前線
北海道大学大学院 国際広報メディア・観光学院
□Devex News
□World Headline
□News & Topics
□シリーズ特集 ポストコロナのインフラ整備
1.インフラ整備の新しい実施方針
2.インフラ整備の新しい思想と技術
3.新しい施工監理とは
□AD Project Focus
□AD 日本財団 連載 ソーシャルイノベーションの明日 第37回
□AD Trend of JICA
□編集後記