第94号 PARTNERコラム「国際協力とは」 ~ 幸せの国・ブータンが教えてくれた ~

JICA人事部 開発協力人材室の仁田です。私は中学生時代に海外協力隊の活動を描いた映画を観たことがきっかけで「国際協力」の道を目指し、大学卒業と同時にJICAに入職しました。
以来この道で三十有余年。今でこそ、キャリア相談員として同じ道を目指す人たちのお手伝いをさせていただいている私ですが、実は入職以来長きにわたって、「国際協力は真にやりがいのある仕事なのだろうか」「国際協力とは何なのか」といったことについて確たる答えを出せぬまま、もどかしい思いで延々と自問を続けてきました。

その長い間の問いに対してストンと自分なりの答えが出たのが、あの未曽有の大災害・東日本大震災が起こった2011年のことでした。その年、私はヒマラヤ山中の小さな王国・ブータンに駐在していました。「GNH(国民総幸福量)」を開発政策の中心に掲げるあの「幸せの国・ブータン」です。

ヒマラヤ山脈を望むブータン王国
ヒマラヤ山脈を望むブータン王国

大地震発生から一夜明けた次の朝、私の携帯にブータン王室から一本の電話が入りました。「本日午後、国王陛下が首都ティンプーの寺院で日本と日本国民に祈りを捧げられる。在留邦人に声をかけて参集いただきたい」という内容でした。当時31歳の若き国王は、寺院の祭壇に並ぶバターランプに火を灯されたあと、参集した約70人の日本人一人ひとりの手を握り、皆にお見舞いと励ましの言葉をかけられました。震災発生のすぐ翌日に国王自らが在留邦人に呼びかけ、日本国民に対する深く温かい友情の気持ちを表していただたいことに、私たちはただ感動するばかりでした。

その後、ブータン王室と政府から日本政府に対して100万ドル(当時の為替レートで約8,000万円)の義援金が贈られました。100万ドルといえば、人口70万の貧国ブータンにとっては大変な金額です。この義援金をめぐってブータン政府の高官が語っていました。「日本はこれまでブータンの発展や貧困解消のため何十年にもわたって親身に支援をしてくれた。我々小国に大したことはできないが、大災害に見舞われている日本に少しでも恩返しがしたい」

支援の手を差し伸べてくれたのは王室や政府ばかりではありませんでした。JICAブータン事務所には震災発生後、毎日のように多くの市民が義援金を持ってやってきてくれたのです。その中には、一枚のよれよれのお札(さつ)を握りしめ、山あいの農村から2日かけて峠を越えてやってきた老人もいました。ブータンで最高額紙幣のそのお札、日本円にして1,500円ほどですが、ブータンの庶民・農民にとってはとてつもない大金です。「昔、私の村に日本から海外協力隊員がやってきて、村の発展のために尽くしてくれた。日本の人たちが災害で苦しんでいる今、その恩返しがしたい。どうかこのお金を日本の人たちのために役立ててください」とその老人は言いました。私は涙が止まりませんでした。

写真左:ブータンのお年寄りは貧しくても皆この笑顔 写真右:ブータンの寺院
写真左:ブータンのお年寄りは貧しくても皆この笑顔 写真右:ブータンの寺院

日本で大災害が起こったあの年のブータンでのこうした経験が、私の長年の問いに答えを出してくれました。国際協力の意味とか意義といったものは決して小難しいことではなく、とてもシンプルなことなのだ、と気づいたのです。
それは………「おたがいさま」ということ。言葉を換えて言うならば、「幸せを分かち合う」こと。誰かが持っている幸せはほんの小さなものかも知れないけれど、皆が持っているそのなにがしかの幸せを互いに分かち合う。一方通行ではなくお互いに………。国際協力というものを自分なりにこのように意義づけることができました。
国際協力とは、なんと魅力的な仕事なのでしょうか。

2011年からの私は、それまでの何倍もやりがいを持って国際協力の仕事に取り組んでいます。

国際協力に関心を寄せながらも、国際協力とは何か、人生をかける仕事なのか、と一歩踏み出すことを迷っている人たちに国際協力の真の魅力を伝え、この世界に飛び込むお手伝いができるよう、今後も力を注いでいきたいと思います。

JICA人事部 開発協力人材室
仁田知樹

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