第101号 PARTNERコラム国際協力の仕事~私の人生~

私が国際協力や人道支援の仕事をしたいと思ったのは、小学生の時からです。マザー・テレサの本を読んで自分も何かできないかと思い始めました。中学生になり、ペシャワール会の中村哲さんやUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のトップだった緒方貞子さんといった方々の講演を聞きに行きその思いを強くし、ボランティアにも携わりました。海外でこの分野の勉強をしたいと思い、高校は交換留学制度のある学校に入学し、2年時にシドニーに留学しました。大学は、国際政治学が世界で初めてできた英国の大学に入学し、特に政治哲学や思想を勉強しました。ミッシェル・フーコーの「知と権力」、アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの「マルチチュード(人々の連帯)」やヨハン・ガルトゥングの平和理論に特に惹かれ、自分自身が生涯で働く所は、国家権力や政府ではなく市民社会の組織と意識しました。父が官庁で幹部をしていて、省庁の実態を日頃聞いていたことも影響していたかもしれません。大学在学中は、貧困をなくすために活動するオックスファムでボランティアやインターンをしたり、2年生と3年生の夏休みには、ケニアとモロッコの小学校、中学校で教育プログラムに参加したりと多くの経験と出会いに恵まれました。

大学卒業後は、新卒で受け入れてくれるNGOはなかなかなく、数年後にNGOに入ることを目標に企業で経験を積み、また大学院で勉強する資金をつくろうと思い、総合商社に入社しました。航空機ビジネスの部門に配属され、欧米各地に出張させてもらい、数千億円単位の大規模ビジネスの経験をさせてもらいました。

その時に人生の試練にあたります。脳腫瘍が見つかってしまい、何度かの大手術をしてもいくつかの障害が残りました。懸命のリハビリを経てようやく働けるようになりました。ただ医師からは海外赴任するとしても医療体制の整っている所、途上国への出張は可能だが駐在は無理と言われました。また障害の治療には機能再建手術を受け続けねばならずお金もかかることから、家族とも相談を重ねNGOでの勤務は一旦見合わせて企業に勤めることにしました。

ニューヨーク駐在中のレセプションにて。
ニューヨーク駐在中のレセプションにて。

一度助かった命、仕事をかなり頑張り成果を上げ、ニューヨークに駐在しました。テレビのニュースで、脳腫瘍から生還した若手商社マンとして特集されたりもしました。ニューヨークでも新たな出会いが数々あり、自動車メーカーの方から誘っていただき、途上国で私の思いに近い仕事ができるのではと転職することにしました。仕事はやりがいがあり、アフリカや中南米、中国でのプロジェクトリーダーを任され、香港に5年間駐在しました。しかし、いつも心にひっかかったのは途上国の現場や人たちへの思いです。確かに、自動車メーカーでは各国の上層部と仕事をして閣僚級の人達とのコネクションは広がります。海外の日本人社会でも大使や政府、企業の幹部クラスの人達とお付き合いします。ただ、これはミッシェル・フーコーといった尊敬する哲学者が目指すもの、私が大学の時に志した仕事とは対極にあるものでした。私が一緒に仕事をした多くの人達は、抑圧や差別に苦しむ人ではありませんでした。また自分の仕事が社会に格差をつくってしまっているのではという思いもありました。

香港駐在中にスタッフと。
香港駐在中にスタッフと。

そのような悩みを抱えていた頃、本社の戦略企画部門の課長をしていた時、部下のうち2人が偶然にもJICA海外協力隊の出身だと分かりました。これまで企業では国際協力の経験者とは会えずに来ましたが、彼らとの出会いと日々の会話の中で、自分が本当にやりたいことを実現したいという気持ちが大きくなりました。

数年ぶりに開いたPARTNERで、私が現在勤める国際協力NGOシャプラニールのネパール事務所長の求人が掲載されていました。昔、シャプラニールの方の本を何冊か読んだことを思い出し、居ても立っても居られなくなり応募しました。医師とも相談し、十数年病状の悪化はないことから定期的に帰国して検査をすることで駐在も可能と判断されました。

ネパールでプロジェクトの式典でのスピーチ。
ネパールでプロジェクトの式典でのスピーチ。

一度助かった命、色々な方々に今も助けていただいている命ですから、誠心誠意、辛い思いをしている人たち、そして人間が尊重される社会の実現に向けて、ネパールの現場で頑張っていきたいと思います。病気をすることにより、人生の苦しさ、不条理、そして人の優しさをかみしめることができたと思っています。

プロジェクト地にて地元住民の方とのヒアリングの様子。
プロジェクト地にて地元住民の方とのヒアリングの様子。

特定非営利活動法人シャプラニール=市民による海外協力の会
ネパール事務所長
竹下 裕司

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