第103号 PARTNERコラム好きなことを続けて

私はモンゴル出身です。「国際協力に高い関心を持っていてこの仕事を目指してきたのか」と聞かれると、すんなり「はい」とは答えられません。「日本の映画を原語で見られるようになりたい」という思いから始めた日本語の勉強が、今の私の原点です。

子どもの頃、『楢山節考』『生きる』『うなぎ』『序の舞』『七人の侍』『乱』といった名作映画を見終えた父が、「二度洗いの絹だが素晴らしかった」と言うのです。まず日本語(洗う前の絹)からロシア語に翻訳され、そこからさらにモンゴル語(二度洗われて趣の変わった絹)に翻訳されていたので、どこか腑に落ちないものを感じていたのでしょう。父のこの言葉を聞く度に、「映画の本当の姿に迫りたい」という気持ちが募り、大学では外国語選択で日本語を選びました。漢字文化ではないモンゴル人の私にとって、日本語や日本文化を学ぶことは、終わりが予測できない新しいことをいくつも同時に始めたような厳しい道でした。ただ、日本語は文法的にはモンゴル語ととても似ていて、ことわざ、語呂合わせなどの考え方も共通点があることが面白く、学び始めたばかりの私でも日本語に興味を持ち続けることができました。大学2年生の夏には、観光ガイドのアルバイトで日本から来た女性と知り合い、文通が始まりました。私にとって彼女からの手紙はいつも自慢で、勉強を続ける上で何ものにも代え難い励みになりました。

日本の新聞社のモンゴル取材で同行通訳をした時(後列中央で帽子を被っているのが筆者)。
日本の新聞社のモンゴル取材で同行通訳をした時(後列中央で帽子を被っているのが筆者)。

モンゴルで就職後、やはり自分の日本語をより確かなものにしたいと思い、私費で日本に留学することを決意しました。転職し、夏は旅行会社でガイド兼通訳を、冬は大学で日本語の非常勤講師をしながらお金を貯め、実際に来日するまでに3年かかりました。ところが、いざ来日して大学の講義に出てみると、わかるはずだった日本語が、未知の言葉のように聞こえ、大海原に飲まれたような孤独感に襲われました。何カ月もひたすらいろいろな講義に出てはやめ、出てはやめを繰り返すうちに、教授たちの話す用語が、日本語として理解できるようになっていきました。ゼミの討論で初めて発言したその日、寮の近くにある定食屋で、人気メニューのチキンカツを注文し、自分で自分を祝ったのを昨日のことのように思い出します。迷子のように右往左往していたこの時期に、自分が大きく飛躍したように思います。

その後、日本で暮らすようになると、今度はより「自然な日本語」を使うように、自分も周りも求めていくようになります。ずっと日本語の魅力を探求してきたのに、「いつまでたっても自分が思うように言葉を使いこなせていない」と感じてしまったのです。そんな頃、ボランティアで高校生向けにモンゴルの魅力を伝える講演を頼まれ、自分の母国語と文化こそが自分の“居場所”なんだと考え始めました。そして、ネットでJICAの研修監理員募集を知って応募したことから、国際協力という大きな枠組みに繋がることになりました。

研修監理員として、移動中や休み時間には研修員の傍らにいて、彼らの話に耳を傾けることが多々あります。「来日前に課題だと思っていたことが、角度を変えると、実はそうじゃないとわかった」と話す研修員もいれば、「事前課題でこれを学びたいと書いたけれど、それ以前に解決すべき別の課題があることが研修に参加してわかった」などとポツリと言う人もいます。また雑談の中で、人材確保において日本とモンゴルに共通課題があるということを知り、一気に仲間意識を強めた研修員もいました。モンゴル人は男女問わずシャイな人が多く、大勢の前で堂々と発表はしないのですが、このような気付きが、研修を計画し、実施した全ての関係者が報われる言葉のように感じられ、とてもやりがいを感じます。

研修監理員の業務の様子(後列中央が筆者)。
研修監理員の業務の様子(後列中央が筆者)。

今年で、JICAの研修監理員に就いて7年目になります。高い志を持ち、これから国際協力の場に乗り出そうという皆さまに伝えるうまい言葉は見つからないのですが、一つだけあるとすれば、プロジェクトや事業で成果を上げている組織の様子を見て気付いたのは、協力して何かを成すために、お互いの地位や経済力、バックグラウンドなどは関係なく、互いに相手としっかり向き合い、同じ方向に向けて共に歩んでいく姿勢を貫いていることが多かったということです。この文章が、皆さまが互いの交流を深める際の会話の糸口にでもなれば幸いです。どこかの現場で、ご一緒できる時を楽しみにしています。

参考:
研修監理員について
https://www.jica.go.jp/recruit/kenshukanri/index.html

JICA研修監理員
イシドルジ エンヘツォルモン

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