コラム 地球規模で生きる人

小沼 大地(こぬま・だいち)さん(NPO法人クロスフィールズ)

念願の海外協力隊へ。現地シリアで培った起業家精神。

「誰かの人生に影響を与えるような生き方をしたい」と願い、教師になることを目指していた少年。その目はいつしか世界を見つめるようになり、やがて国際協力に関心を寄せていきます。仲間たちと共に立ち上げた企業向けプログラム「留職(※)」は、大手企業や海外企業も注目する一大プロジェクトに成長。しかし、そこまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
第2回は、小沼さんの人生を大きく変えることになる海外協力隊での体験とコンサルタント時代のお話を聞きました!

※留職:企業で働く人材が新興国のNPOで本業のスキルを活かし、社会課題の解決に挑むプログラム。

海外協力隊としての初仕事は、予定外の連続だった。

バックパッカーとしてアジアをまわったことをきっかけに、協力隊に興味を持った小沼さん。その後、協力隊に応募して中東のシリアに行くことになったとのこと。

協力隊では、どんな仕事をしていたの?

JICAから与えられたミッションは、シリアで「環境教育」を進めること。現地の子どもたちに環境問題に対する意識を高めてもらう…はずだった。ところが、僕が所属した現地のNGOは、代表が代わったり戦略の変更などで環境教育の取り組みをやめていたんだ。そして新しくマイクロファイナンス(※貧困からの脱出を目的とした金融サービス)事業をはじめていた。予定していた活動内容と異なっていて、僕もかなり戸惑ったよ。でも、協力隊として来たからには与えられた場所で求められることをやるしかない。マイクロファイナンスの知識は
1ミリもなかったけれど、覚悟を決めて取り組むことにしたよ。

まずは、2,000人規模のシリアの村でモニタリングの仕事をはじめたんだ。村の人たちと接する時間は本当に楽しいし、だんだんとシリアの公用語であるアラビア語も話せるようになってきた。「よし!マイクロファイナンスの分野でがんばるぞ」って思いはじめた矢先…さらなる試練がやってきたんだ。

当初は順調にいくかと思ったが…小沼さんを待ち受けていた試練とは?
せっかく覚悟を決めたのに…一体何があったの?

シリアに来て8カ月目くらいだったかな。JICAのシリア事務所から「元々のミッション通り、環境教育をやってほしい」と言われたんだ。JICAはシリアで環境に対する長期プロジェクトを行っていて、海外協力隊も大きな役割を担っていたから。でも、派遣先のNGOでは環境教育はできない。板挟みになった僕は、なんと現地で仕事を失うことになってしまったんだ。このときはさすがに焦ったよ。JICAが次に働く場所を見つけてくれるまで待機する流れになりそうだったけど、受け身で待つのは嫌だった。だから、「自分で仕事を見つけさせてください」って、直談判したんだ。幸い、マイクロファイナンスに関わったことでアラビア語でのコミュニケーションも取れるようになっていたから、それを活かしてすぐに営業活動をはじめた。シリアのNGOや企業にプレゼン資料を持ちこんで「一緒に環境教育をやりませんか?」と自分を売り込んでまわったよ。

そうして、ようやく見つけたんだ。市の環境局と環境教育プログラムをつくり、小学校に普及させる仕事。当時はまだ大学生だったから、事業を企画することも、それを売り込むこともはじめてだった。でも、怖がらずに挑戦することで自らチャンスをつかむことができたんだ。

自分のフィールドをあえて変えてみること。小学生のときの経験が今も支えになっている。
協力隊活動の様子。

「どんな状況でも、なんとかなる」精神が培われた。

シリアで苦労した経験は、今でも役に立っている?

とても役立っているよ。大変な状況に陥ったけど、それをなんとか打開できた。「どんな状況でも、自分の行動力でなんとかできるんだ」という自信がついたよ。この気持ちは、起業するときにも大きな勇気をくれたよ。また、そのときに僕が企画した環境教育プログラムは、そのあとの協力隊員にも引き継がれて、三代も続いたんだ。事業を立ち上げることの面白さと、達成感を味わうことができた、僕にとってはかけがえのない経験だね。

ビジネスに興味を持ったのも、このとき?

そうだね。少しの間だったけど、マイクロファイナンスに携わったことは僕の中で大きな糧になったよ。それまでは、お金を稼ぐ「ビジネス」にあまり良いイメージを持っていなかったんだ。でもシリアで、ビジネスと社会貢献が両立している場を目の当たりにして、「世の中をビジネスの力で良くすることもできるんだ」と気づいた。そして同時に「人と社会をビジネスでつないでみたい」という新しい夢も生まれた。そのときはまだ、起業しようとまでは考えてなかったけどね。とりあえず、これからビジネスというものを学んでみたいと思ったんだ。

大学時代、ラクロスに打ち込む様子。
マイクロファイナンスに携わった経験は、小沼さんのその後のキャリアにも大きな影響を与えた。
協力隊から帰ってきた後は、どうしたの?

大学院を卒業して、外資系コンサルティング企業への入社を決めた。そこでは、企業の人事組織の改善とか、プロ野球チームの収入拡大事業とか、いろいろなプロジェクトに関わってたくさんの貴重な経験をしたよ。

次回は、海外協力隊でのエピソードを紹介するよ!
コンサルティング企業で活動していた頃の写真。

中でも僕が一番好きだったのは、やはり現場に近い仕事。たとえば白衣を着て、取引先のスーパーの売り場に入って、現場を実際に見てまわる。パートタイムで働く従業員の方々に「今日、このサバの売れ行きをカンペキに読み切ったけど、なんで?」って聞いてみる。すると、「そこの小学校で明日遠足があるから、売れると思ったのよ」って返ってきたりする。そういう現場の声を拾って、各支店にどう広めていくかを考えるんだ。コンサルタントとしての経験を通して、経済活動を支えている企業が、それぞれどんなことを大切にしているのかが分かるようになったよ。「留職」では、いろいろな業界の企業と関わっているけど、このとき培った感覚は、今でも活かされているね。

「誰かの人生に影響を与える生き方がしたい」という想いが日に日に強くなった。

起業しようと思ったきっかけは?

コンサルタントの仕事はすごく楽しかったんだ。でも同時に、仕事に没頭するだけではダメだとも思った。目の前の仕事に取り組んでいるうちに、「誰かの人生に影響を与える生き方がしたい」「人と社会をビジネスでつないでみたい」という自分の夢が薄れていってしまうかもしれない。そんな危機感から、僕が会社員になるタイミングで「コンパスポイント」というコミュニティを友人たちと立ち上げたんだ。最初は4人くらいで集まって、自分の夢や熱い想いを語りあい、原点を思い出せるような場所としてスタートした。その輪は徐々に広がって、話題の起業家を招いて話を聞いたり、社会問題に興味のある人たちを集めて話をしたり…いつのまにか、延べ1,000人を超える大きな組織になった。そのうち、「この人たちと何か新しいことをやってみたい!」という気持ちが生まれてきたんだ。その頃には「留職」の基礎になるようなアイデアもおぼろげながら浮かんでいて。コンパスポイントの仲間に話したら、みんな「それ面白いじゃん!」と言ってくれた。そこで背中を押してもらったことで、僕は起業を決心したんだ。

大学時代、ラクロスに打ち込む様子。
コンパスポイントの仲間たちとの一枚。
次回は、今の仕事のやりがいと、ルーキーズ世代へ伝えたいメッセージを聞いてみるよ!

プロフィール

小沼 大地(こぬま・だいち)さん(NPO法人クロスフィールズ)

1982年生まれ。一橋大学社会学部・同大学院社会学研究科修了。大学院在籍中に海外協力隊として中東シリアへ赴任。マイクロファイナンス事業や教育環境プロジェクトに携わる。大学院卒業後はマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、ビジネスの基礎を学ぶ。3年間のコンサルタント経験を経て、2011年にNPO法人「クロスフィールズ」を創業。企業のリーダー育成と、途上国の社会問題解決を同時に実現できる「留職」をはじめ、さまざまなプログラムを展開している。