コラム 地球規模で生きる人

安田 大志(やすだ・たいし)さん(株式会社坂ノ途中)

コーヒーを軸に何ができる?貧困のない世界に向けて、新たな一歩を踏み出す。

家族旅行先のカンボジアで目にした光景。小学生の自分と同じ歳ほどの少年が、なぜ物乞いをしているのか、自分とは何が違うのか。その時、彼の中に立った小さなアンテナは、大学生になって大きく動き始めます。 「100年先もつづく農業を」をテーマに、環境への負担が小さい農業の普及に取り組む会社に就職した理由とは。ラオスやインドネシアなどアジアのコーヒー農家さんたちへのサポート、ITとのコラボなど、「貧困のない世界」を目指して、時に迷いながら、時にアプローチ方法を変えながらも、着実に大きく広がっていく輪。 全3回シリーズの最終回をお届けします!

現地を知っている自分だからこそ、届けられる価値がある。

新卒で坂ノ途中に入社し、今も活躍し続ける安田さんの原動力を聞いてみたよ。

仕事のやりがいを教えて!

今取り組んでいるのが、ラオス、ミャンマー、タイなどアジアの農家さんたちが丁寧に栽培したコーヒー豆の流通ルート開拓だよ。街で見かけるような焙煎された茶色い豆ではなく、焙煎前の生豆(グリーンビーン)を輸入して、ロースターさんや自家焙煎されるカフェなどに販売しているんだ。一方で付加価値をつけて販売するために、自分たちでも焙煎機を購入したよ。焙煎温度や時間によって変化する味や香りを焙煎担当のスタッフと一緒に何度も何度も試しながら、イメージするテイストを探しているところなんだ。

焙煎前の生豆(グリーンビーン)。
焙煎前の生豆(グリーンビーン)。

日本で飲まれているコーヒー豆って南米やアフリカ産のものが多く、アジアのコーヒーはまだまだ珍しい。「アジアでコーヒーが育つの?」と言う人もいるほど。でも試飲してもらって「美味しい!こんな豆がミャンマーにあるんだ!」と言われた時は、めちゃくちゃうれしい。もともとアジアのコーヒー農家さんって、頑張っているのに正当に評価されていないのがもったいないと思っていたから、僕が関わることでその価値に気づいてもらえて評価されるというのはうれしいね。

現地を知っている僕だからこそ、お届けできるストーリーもあるんだ。「味の違いには、理由があるんです」「むやみに森を切り開いたりせず、環境に配慮しながら栽培しています」「農家さんやコミュニティのことも考えながら、コーヒーを育てています」とか。僕なら、小さなコーヒー豆にいろんな価値がギュッとつまっていることを、きちんと紹介できる。もちろんコーヒーの「美味しさ」はとても大事だけど、コーヒーには美味しさ以外にもいろんな価値があって、その違いが楽しいという見方もあるんじゃないかな。今はこうした内容を、どうやって楽しくお伝えできるか模索中だよ。

コーヒーを育てている農家さんとは、一緒に美味しいコーヒーをつくる同士みたいな関係。だから感謝の言葉をいただくより、時には喧嘩もしながら行動を起こしてくれた時が喜びかな。たとえば、コーヒーチェリーの仕分け方や品質改善に向けたアドバイスの後、本当に実践してくれるようになった時にやりがいを感じているよ。

農家さんから新たな提案があったり、主体的に動いてくれるようになった時が嬉しいという。
農家さんから新たな提案があったり、主体的に動いてくれるようになった時が嬉しいという。

さらなる展望を開くため、IT活用も思考中!

自ら焙煎まで試している安田さん。他にはどんなことをしているんだろう?

新しい取り組みについて教えて!

例えば、これまで捨てられていたコーヒーの果肉を使った商品開発や、水質改善への利用などにも取り組んでいるよ。その他、アジアのコーヒーっていう、ちょっとニッチなフィールドに詳しい僕と、IT技術を持つ企業とのコラボにより、新しい可能性が広がりそうなんだ。変わったところでいうと、ブロックチェーン*を活用して、コーヒーのトレーサビリティ*チェックを導入するとか、いろいろできるんじゃないかと考えているよ。たとえば、国内で栽培されているトマトなら、ブロックチェーンを使わなくても農家さんの顔がみえるから信頼されやすい。ところが海外から輸入されるコーヒーは生産国との生産から流通までの過程が長く、信頼が担保されにくいところがある。どんな農家さんが栽培し、どんな風に日本に運ばれて、どこで保管されていたか分からないこともあるよね。となると、買いにくい状態が起きかねないんだ。まだまだ試行錯誤の段階で、実際に社会的にどんなインパクトを出せるかは見え切っていないけど、こうした実験を通じて新しい可能性を探っていきたいと思っているよ。

ほかにも、同じ山でも北と南では日射量が全然違って味も変わるから、たとえば『生産場所ごとにしっかりとコーヒー豆を分ける仕組み』や、『コーヒーを飲むたびに農家さんにお金が入る仕組み』、『あらかじめ日本に買い手がいることが分かるシステム』なんてどうだろう。買ってくれる量が先に分かれば、農家さんの安定的な収入につながるからね。しかも、去年の生産量や出荷量、得た収入が証明できるようになれば、銀行からお金も借りやすくなるかも。

こんな風にいろんな思考が広がるのは「アジアでコーヒーをつくる」というだけではなく、貧困問題や発展途上国の暮らしを変えていきたいという最終目標を持っているからだと思うんだ。

*ブロックチェーン…ネット上の参加者誰もが使用できて、支え合い、見張ることができる共有台帳のこと。記録の保存や履歴の共有ができる機能により、過去の取引やその証明ができる。

*トレーサビリティ…商品の安全を確保するために、生産物(今回の場合はコーヒー豆)が消費者のもとに届けられるまでの経路・過程のこと。

コーヒーを通じて何ができるか、安田さんの思考はどんどん広がっていく。
コーヒーを通じて何ができるか、安田さんの思考はどんどん広がっていく。

最終目標に向けて、旗を立てて進んでいく。

海ノ向こうプロジェクトと、安田さん自身の今後の展望について聞いてみたよ。

海ノ向こうプロジェクトは、今後どうなるの?

アジアの国は全部訪問したいね。現時点では8ヶ国(ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア、ネパール、中国)だけど、行ってみたい国はまだまだたくさんある。次はインドかな。インドネシアもバリ島だけじゃなく、ジャワ島とスマトラ島、フローレス島など小さな島にも行ってみたい。そうやって、いったんアジアのコーヒー豆を全部集める予定なんだ。

でも、アジアというのは目的ではなく、あくまでも手段。いったんアジアに絞っているだけで、活動エリアは取り組むべき課題に応じて広げていくつもりだよ。

まずは「アジアのコーヒー」というフィールドで最大限の力を発揮させる。
まずは「アジアのコーヒー」というフィールドで最大限の力を発揮させる。
安田さんの夢を教えて!

僕の最終目標は「貧困のない世界を」。そのために、自分にできることという旗を立てて発信していきたいんだ。今は「アジアのコーヒー産地に行って、農家さんと一緒にコーヒーつくっている」という1本目の旗を立てているところ。次の旗を立てるために可能性を広げているところ。「よし!次はこれだ!」というのを決めたら、また動いていくよ。

安田さんが伝えたいメッセージ

「できることの旗を立てよう!」

自分がやってみたいと思うこと、何より自分自身のことを周りの人に理解してもらうことが大切だよ。そのために、「自分ができること」を考えて、まずは1本目の旗を立ててみよう。旗を立てたら、できることを増やして次の旗、また次の旗と立てていく。そして、自分の範囲を少しずつ広げていくんだ。
時には、その旗からブレてもいいんじゃないかな。一度決めて進んでみるのは大切だけど、迷いながら進めばOK。「一度決めたんだから」とか、「私に与えられた使命だから」と決めつけてしまわず、柔軟に考えよう。ブレながら、迷いながらも、前に進み続けるという方が大切だからね。

プロフィール

安田 大志(やすだ・たいし)さん(株式会社坂ノ途中)

株式会社坂ノ途中/海外事業部マネージャー 海ノ向こうコーヒー産地担当
大阪大学法学部国際公共政策学科卒。小学生の時に地雷で手足を失った同じ年頃の少年に出会ったことをきっかけに、貧困や平和について少しずつ勉強し、考えるようになる。大学在学中より、インドのスラムに住む子どもたちにダンスを教えるなどのNPO活動を開始。2016年、株式会社坂ノ途中に新卒入社。ラオスでの小規模農家へのサポートを経て、現在は“アジアのコーヒーに詳しい人”として日本での販路拡大や、ITをはじめとする異業種とのコラボにも挑戦中。

WEB https://www.on-the-slope.com/