自分のもっている能力で関われるのが国際協力。 ~ビジネスか国際協力かという二者択一に陥らない働き方~
斎藤 隆祐さん
NGO/民間企業 / 特定非営利活動法人 日本紛争予防センター(JCCP)/AMP MUSIC / 30代
キャリア年表
インタビュー
ビジネス業界から国際協力の分野への転職は、片道切符と考えられ、それだけに後戻りできないだけの覚悟が必要だと思われがちだ。今回登場いただく斎藤隆祐さんはシステムエンジニアを振り出しに、マイクロファイナンスの研修を受講して現場感覚をつかみ、現在はマイクロファイナンス支援を行いつつ、ビジネスと国際協力の二者間を行き来している。マイクロファイナンスとの関わりやビジネスか国際協力かという二者択一に陥らない働き方についてうかがった。
【プロフィール】
2002年3月に大学卒業後、08年6月まで、某メーカー系SIer(※1) にシステムエンジニアとして勤務。同年10月からオランダのMBAコースに進学。09年12月より、
日本紛争予防センター(現認定NPO法人REALs(リアルズ)
(※2)の契約職員としてケニアのナイロビ在住。働きながら積極的に研修にも参加。同NGOにIT、起業家支援のプログラムスペシャリストとして携わる傍ら、AMP MUSICというアフリカ音楽レーベルの立ち上げに関わるなど多岐にわたる活動をしている。
マイクロファイナンスとの出会いは?
マイクロファイナンスをはじめ、国際協力にはその後もずっと関心をもっていて、いずれは関わりたいと思っていましたが、どういう協力をするにせよ、さしあたって手に職をつけておく必要はあるだろうと考え、大学卒業後はIT企業に就職、システムエンジニアとして働いていました。
05年頃に『ネクスト・マーケット』という本が話題にのぼり、ビジネス業界でBOP(Base of the Pyramid)という言葉が囁かれ始めたことで、マイクロファイナンスの有効性に改めて気づき、本格的に学びたいと思うようになりました。そこで入社から6年目の08年に退職。オランダのビジネススクールに留学してMBAを取得することを決めました。
なぜオランダを選んだのでしょうか?
積極的には、オランダは多様性を許容する文化が根底にあり、かつ、非英語圏での英語による講義であれば、自分の理解力の範囲でマイクロファイナンスについて、さまざまなことを学べるのではないかと思い、判断しました。さらにオランダは、NGOや社会的企業のプレゼンスが高く、政府、企業との協働もしっかりしていると聞いていたことも大きいと思います。
実際、JICAにあたるようなODAの執行機関がなく、政府のお金がNGOに直接渡ります。また民間銀行がインフラや途上国のマイクロ起業家にもファイナンスする仕組みがオランダにはあります。そうした制度を適用した現場が見られることを期待しての選択でした。
留学で学んだことは?
そんな折、IT企業に在籍時からプロボノベースでのつながりのあった日本紛争予防センター(JCCP)でシステムのわかる人をソマリアに派遣する案件の募集がかかり、そのポジションでアフリカに滞在することを決め、オランダでのプログラム修了直後にアフリカに渡りました。
JCCPがUNDPの提携パートナーとして、欧米、ソマリアのNGOとともに実施したソマリア治安改善プロジェクトでは、市民社会の治安(セキュリティ)を確保するためのモニタリングの指標をつくるため、IT部門のプロジェクトマネージャーとして関わりました。どういう形であれ、アフリカへ行って現地のビジネスの様子を知りたかったのです。
研修「マイクロファイナンス・プロ養成コース」を専攻した経緯とは?
さらに、同時期にJICA地球ひろばがNGO職員に対して研修の機会を提供していることを知り、JCCP職員としてそれらの制度を活用させていただき、バングラデシュでは上記研修以外に1週間、南スーダンに1ヶ月半、ケニアに3週間ほど滞在し、マイクロファイナンスの実施されている現場を中心にした研修を受講しました。
まずバングラデシュはアフリカと違い人口密度が高く、お金の借り手が集住しているためマネジメントしやすく、また足しげく通うことで投資先の状況が見えます。
しかし、アフリカでは次のミーティング先へ行くのに車で悪路を1時間近く走らなくてはならないといった状況は当たり前です。そのためマイクロファイナンスのマネジメントも難しい。だからモバイルバンキングも発達しているのですが、最貧困層へのインフラとしては十分ではない。バングラデシュのベストプラクティスを適用しても、必ずしもうまくいかないことが理解できました。
南スーダンでは、同国でも事業を展開するJCCPのスタッフとしてBRAC南スーダン事務所に研修員として参画し、JCCPとBRACの事業連携を模索。研修員受け入れは前例がないようでしたが、BRAC大学からの修了証書のおかげで難なく受け入れてもらうことができました。
同国では、長期にわたる内戦のため教育を受けられなかった人が多く、生活レベルがバングラデシュより圧倒的に低い。また難民キャンプで配布される支援物資を頼れば生きていけるため、自分で事業を始めなければいけないと考えて行動するモチベーションがなかなか育ちにくい。私個人は、南スーダンにおいて人口の大半を占める最貧困層に対してマイクロファイナンスを実施するのは厳しいという実感を得ました。国や地域によってマイクロファイナンスは絶対ではない。国際機関の助成金のついた衛生や福祉といった活動と連携させる手段の一つとして位置づけないと、それだけでは貧困問題は解決しないという考えをもちました。
今後の展望について聞かせてください。
しかし、本流ではないにせよ、自分のもっている能力で関われるのが国際協力だと思っています。
BOPビジネスでも、一定水準の教育を受けていたり、自分で生活を何とかしようという意思をはっきりもっていたりする人が対象であれば、私の強みを活かした貢献ができると考えています。
いま私には、経営コンサルタントを個人的に行いつつ、オーナーシップをもって行なっている活動があります。それは途上国の市場経済から隔離されている人たちが、自分のもっている能力や資源を活かして生計を立てるためのサポートです。
その中の一つが、アフリカのミュージシャンが持つ資産である「音楽」の効果的なマネタイズを目指す、AMP MUSICという音楽レーベルの立ち上げです。昨年(2010年)、ケニアのスラムで起業家支援をしている際に着想を得たもので、現在、日本に拠点を移して活動しています。自分が得意かつ好きなことでお金を稼いで投資を回収したいというのは、日本でもアフリカのいわゆる貧困層でも一緒です。「BOP」という顔の見えないキーワードで括るよりも、「強み」や「得意」を生かし、かつ大きい資本が不要な事業形態で彼らとビジネスをしてみたいと思ったのです。
ビジネス業界から援助業界に転職することは、「片道切符」だと言われ、相当の覚悟が必要だと思われています。現在、私の肩書きはJCCPのプログラムスペシャリストですが、一方でビジネスのコンサルティングも行なっています。ビジネスと国際協力は一方通行ではなく、行ったり来たりしながら関われる仕事のあり方もあると思います。(2011年11月インタビュー実施)
※本記事は、2011年11月時点での情報となります。
(※1) SIer:System Integrationの略称SIに「~する人」を意味する-erをつけて「System Integrater」とした造語で、個別企業の情報システム構築を事業とする会社のこと。
(※2) 2020年3月25日より特定非営利活動法人Reach Alternatives(REALs)に名称変更。
(※3)BRAC大学:世界最大級のNGOであるバングラデシュのBRAC(Bangladesh Rural Advancement Committee)により2001年に設立された大学。
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