国際協力機構(JICA)

保健医療分野の予算倍増へ
「人間の安全保障」を強力に推進

JICA 社会基盤部 都市・地域開発グループ長 荒 仁氏

国際協力機構(JICA) 副理事長
山田 順一氏

国際協力機構(JICA)は2019年から、現在の社会における脅威を改めて見つめ直し、さまざまな脅威に対して強靭な社会システムを創る「人間の安全保障2.0」を推進してきた。コロナ危機を受けて世界的に人間の安全保障の重要性が再認識されている中、JICAは今後、どのような協力を展開していくのか。今年5月にJICA副理事長に就任した山田順一氏に聞いた。

円借款は440億円超へ引き上げ

今回の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、JICAは現在、感染症をはじめとした脅威に対応して命・暮らし・尊厳を守る「人間の安全保障」を掲げている。教育支援など人々がよりよく生きるための協力も重要であることに変わりはないが、人間の命を救うことに直結する支援も重要だと改めて認識した。

これを実現するため、JICAは今後中期的に、保健医療分野で円借款、無償資金協力、技術協力それぞれの事業規模を倍増する計画だ。円借款では、現在の年平均219億円から5年後に440億円以上に引き上げることを目指したい。対象としては、病院建設や日本の医療システムの普及などに活用することが想定される。これに技術協力を組み合わせ、現地のIT環境の整備に向けて機材供与も含めて人材育成を行いたいと考えている。このほか、日本の医療機関と現地の医療機関をオンラインでつなぎ、新型コロナ対策も含めた技術指導を遠隔で行うといった協力も構想している。こうした取り組みは、日本の医療法人の海外進出、日本の医療システムや技術の輸出にもつながるだろう。

加えて20年度の補正予算では、2年間で5,000億円に上る「新型コロナウイルス感染症危機対応緊急支援円借款」の実施が決定している。すでにフィリピンでは7月1日、インドネシアでは8月3日、バングラデシュでは5日に借款契約(L/A)の調印を終えたところだ他のアジア諸国ともオンライン上で協議を重ねており、順次L/Aを締結していく予定だ。

コロナ禍の国際社会においては、中国がマスク外交を展開したり、自国の医療団を世界の約30カ国に派遣したりと、その存在感を強めている。中国に伍していくためにも、「人間の安全保障」を目指した協力を推進していく必要があると認識している。

他方、インフラ分野でもポストコロナに対応した取り組みを進めていくつもりだ。例えば、7月に経協インフラ戦略会議がとりまとめた「インフラ海外展開に関する新戦略」の中でも柱の1つとして据えられている、病院や医療機材などの医療インフラは重視していく。

コンサルに求められる「現地化」

そうした中で、コロナ禍においても新規の公示案件の数は減らさないようにしている。7月時点では10月以降に現地出張が再開できる前提で公示を行っているが、難しい場合には国内作業に振り替えてもらうなどの対応を取っていく。すべてを国内業務で対応できるような案件の発注も検討しているところだ。

他方、すでにベトナム、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、マレーシアの6カ国ではJICA関係者の渡航制限を緩和しており、これらの国へはJICA専門家の帰任も始まっている。渡航を再開する国は今後も徐々に増えていくと思う。なお、渡航再開の判断は一律の基準を設けずに、その国の状況に応じて随時行っていくつもりだ。

とはいえ、新型コロナの終息の目途が立たない中ではアフリカや中南米など渡航制限が当面続くところも多いだろう。そうした中では、遠隔による事業実施に加えて、「現地化」を進めて現地リソースを活用できる体制を整えることもこれまで以上に必要になってくるかもしれない。すでにミャンマーやフィリピンなどに現地法人を持つ日本企業は、彼らと連携しながら事業を進めている。

現地化は、企業の価格競争力を強めることにもなる。コンサルタント等契約(業務実施契約)の選定方式は将来的にQCBS(技術・価格評価方式)へと全面切り替えとなる。価格点の比重が大きくなる中では、現地化により人件費などをコストダウンできる企業が有利になることも予想される。

経団連とも連携しDXを本格化

ポストコロナの途上国開発においては、デジタルトランスフォーメーション(DX)も欠かせない。途上国の一部では「伝統的なインフラの施工は日本に頼みたいが、ソフト面、特に最先端の技術を導入する際は中国に頼みたい」という声も聞かれるなど、DXは日本の開発協力において喫緊の課題となっている。

そこでJICAは19年12月、北岡伸一理事長直轄のタスクフォースを立ち上げて、政府開発援助(ODA)事業におけるデジタル活用の可能性を検討した。その中で、(一社)日本経済団体連合会(経団連)と共同で、民間企業の持つデジタル技術やノウハウを活用したソリューションとODA事業を組み合わせたメニューブックを作成した。

このメニューブックには全部で65のメニューが掲載されているが、全て民間企業による提案事業であり、活用が想定されるODAのスキームや金額の目安も試算されている。今後はこれらをODA事業の中に取り入れていくことを目指す。

例えば、途上国の保健医療における政策や法律、規制などを集めてデータベース化することで、民間企業にとっても投資しやすい環境を整えるとともに、遠隔医療やドローンなどを活用した新たな公衆衛生インフラの導入を見据えたデジタルヘルスの取り組みを進めていくといったものがある。

20年6月にはこのタスクフォースの活動を引き継ぐ形で、ガバナンス・平和構築部内に「STI・DX室」を新設した。ODAのあらゆるスキームでDXを本格化させるべく、このメニューブックを英文化しており、相手国政府へ提案していくつもりだ。ぜひ開発コンサルティング企業の方々にも、フィージビリティ調査(F/S)や事業の提案時にメニューブックを活用していただきたい。

日本経済の活性化にも貢献

日本の経済も疲弊している中でODA事業を続けていくには、国民の理解を得ることが必須だ。そのため、JICAとしては①インフラ輸出の継続、②外国人材の受け入れ、③知日派・親日派の拡大、④中小企業の海外展開支援、の4つの点で日本経済の活性化にも貢献していきたいと考えている。

①では、途上国のインフラ整備を通じて日本経済のさらなる成長を後押ししたい。②では、JICA海外協力隊のOB・OGに自身の経験や語学力を生かして、地方自治体や住民と外国人とをつなぐ存在として活躍してもらうつもりだ。

③においては、北岡理事長のイニシアチブの下、途上国の未来を支えるリーダーとなり得る人材を日本の大学へ招き、日本の近代化の経験などを体系的に学んでもらう「JICA開発大学院連携」を進めている。また、④の取り組みによって中小企業の国際化を促進することで、日本の地方を活性化させていきたい。

これらを通じて、われわれは途上国のみならず、日本の社会課題の解決にも役立てるJICAを目指していく。

国際開発ジャーナル社 https://www.idj.co.jp/

国際開発ジャーナル2020年9月号
<今月の特集>
「共創」の時代へ~転機迎える開発援助
1.総論 2.新たな戦略へ 3.注目分野の潮流
4.地域研究者の展望
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□荒木光弥の「羅針盤」 円借款協力の実像を追って
□Special Interview 事業のインパクトをより重視
(公財)笹川平和財団 理事長/海洋政策研究所 所長 角南 篤氏
□連載 国会議員の目 衆議院議員 自由民主党
冨岡 勉氏
□特別記事 開発コンサルタント意識調査
□IDJ REPORT 「国益との分離」の看板下ろした英国の開発協力
□BOOK
『生まれ変わっても国連―国連36年の真実』
『台湾を築いた明治の日本人』
『パンデミックな病原体の諸特徴』
□連載 第二回 ポストコロナ時代の航海図
米中の間に立った外交展開を
(株)国際協力銀行(JBIC) 代表取締役総裁
前田 匡史氏
□特集 ポストコロナの教育協力
1.ODAの方向性
2.開発コンサルタントの声
□大学の国際化最前線 関西学院大学
神戸三田キャンパス(KSC)
□連載 IDE-JETRO×Country Review
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所
新領域研究センター ガバナンス研究グループ長
岡 奈津子
□民間企業の海外展開支援
(有)相模実業/アグリマツモト(有) 共同企業体
□開発コンサルタントニュース
□こだわりの現場主義
(株)エイチ・アイ・エス 山野邉 淳さん/高澤 直之さん
□開発コンサルタントニュース
□Devex News
□News & Topics
□編集後記