第44号 PARTNERコラム一杯のお茶
私は2年間、海外協力隊としてボリビアに野菜栽培指導で派遣されていた経験があります。その中で、ある人からのたった一杯のお茶に救われました。
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任地に派遣されて3ヶ月、毎日部屋の外から聞こえるスペイン語(ボリビアの公用語)を耳障りに感じていました。言葉が分からないなりにも、なんとか理解しようとしましたが結局分からずじまい。自分のリスニング力のなさに困り果てていました。
何を話しているか分からない会話の中にいるのは苦痛です。まるで、パーティーに参加してはいるものの話し相手がおらず、一人でポツンと終わるのを待っているような状態。輪の中にいるのに、自分はここでは必要とされていないような感じがしてしまいます。
協力隊としての活動もなかなか上手くいかない。自分は日本の裏側に来てまで、何をしているのだろう。もっといろんな提案や、野菜の栽培方法を教えたりして、現地の人のためになる活動をしたいと思っているのに…と歯がゆい気持ちを抱えていました。
その虚しさにより、いつしか「もう話したくない。スペイン語も聞きたくない」とふさぎ込むようになりました。しかも私の派遣先は小さな村。外国人が珍しいのか、どこで何をするにも注目されてしまう。ご飯を食べているだけで、ジロジロ見られているような…現地の少年の視線でさえ気になってしまいました。
次第に必要以上に外に出たくなくなり、買い物も食事をしに行くのも億劫に。大した食事をとらぬまま数日が過ぎ、とうとう身体を壊してしまいました。季節は冬、3,800mを越す高地の上にある村には連日強い風が吹きつけます。建物の構造上、部屋には日の光も入りません。暖房設備も整っていないので、口から出る息は常に白く、何重にも重ねた毛布にくるまり、体が治るまでじっとするしかありませんでした。
弱った胃袋にやさしいお粥やうどんはなく、あるのはジャンクフードだけ。冷えきった身体を骨の芯まで温めてくれるお風呂もありません。体重も44kgまで落ちてしまいました。言葉も違う、食べ物も違う、友達もいなければ、話を聞いてくれる人も心配してくれる人もいない。もうダメだ、耐えられない…
そんな負の思考に陥っているとき、ふとドアを叩く音が。扉を開けると、大家のカリークストがいました。カリークストは小柄ですがハツラツとしており、60歳を越えるのに年齢よりもずっと若く見えます。長年農業をして心身ともに鍛えられたのでしょう。ハットをオシャレにかぶりこなしている姿が、彼を一層若々しく見せていました。
カリークスト「Takao、どうした。部屋から出てこないから心配だ。」
大家のカリークストとは、外にある洗濯場やトイレに行くときには必ず顔を合わせていました。全く部屋から出てこない私のことを心配して、様子を見に来てくれたのです。「病気になって寝ている」と伝えると「ちょっと待っていろ」と言って引き返していきました。
数分後、彼は熱々のお茶を持って来てくれました。この地域では具合が悪いときにはお茶を飲むことが多いようで、わざわざ私のために作って持って来てくれたのです。
私は吸い寄せられるようにそのお茶を口にしました。お茶は意外にも甘く、砂糖が入っているようでした。緑茶のような苦味を予想していたため一瞬驚きましたが、胃に届くころには冷えきった身体も心もぽかぽかと温まっていました。育ってきた環境が違うから、わかり合えることなんてないと思い込んでいた自分。でも、カリークストが運んできてくれたお茶には、そんな偏見を崩すくらいの温かな思いやりがありました。人が人を思いやる気持ち、それは日本人もボリビア人も同じなのだと気付くことができました。人は誰かからの思いやりを感じると、辛い思いも一気に霧散してしまうくらい暖かくなれます。お茶を飲んでいるときは、涙があふれて止まりませんでした。
月日は経ち、まもなく帰国するというころ。すっかり村になじんだ私は、食堂で現地の人とチェスの真剣勝負を行うまでになっていました。村の中央広場に行けば、「うちのジャガイモ畑に来てよ!」「今度パーティーに来て、日本の歌を歌ってくれない?」など、誰かしらに声をかけてもらえます。自分から積極的に話しかけるようにもなり、人からの視線も怖くなくなりました。
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言語・生活・文化など様々な違いから、現地にいるのにどこか違う存在のように接してしまっていた自分。しかし、一杯のお茶のおかげで、自分と何も変わらない同じ人間なのだと思えるようになりました。それ以降は、“ボリビア人”とひとくくりで見るのではなく、一人一人に真っすぐ向き合えるようになったと思います。
現在、農園たやの活動の中でインドネシアの実習生と関わることがありますが、この経験を指針にして交流を深めています。
農園たや
佐藤高央
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