第66号 PARTNERコラムローマへの道
“Omnēs viae Rōmam dūcunt.” (全ての道はローマに通じる)とは、古代ローマの格言です。国連食糧農業機関(FAO)の本部は、ローマ中心部のコロッセオとチルコマッシモの遺跡を臨む場所にあります。「今の私がローマに至った道のりは、小学校時代まで遡る」ということを、実家の整理をしている時に気づきました。
両親は他界し、残された実家を兄弟で片付けているのですが、昔の写真や懐かしい物がいろいろ出てきます。父は瀬戸内海の小豆島でオリーブや香料品種の栽培を行い、私はそこで小学校時代を過ごしました。自宅の周りには苗床、実験圃場や搾油施設があり、その中を遊びまわって過ごした記憶が鮮明に残っています。ラベンダーやゼラニウム、芳樟(クスノキ科の木)、そしてオリーブの木はとても身近な存在でした。その他にもコナラやアカマツ、果樹のスモモなどに囲まれ、それらの廃材を使った薪で風呂を沸かしていました。このような原体験によって、私は大学で森林を学び、その後、国際協力のフィールドで途上国の農村に行って似たような風景を感じることにつながったのだと理解していました。島ですから毎日のように海でも遊び呆けていたのですが、なぜか海洋の方面には進みませんでした。それは父親が仕事として関わっていたかどうかの違いなのかもしれません。
さて、その実家の整理をしている時に、父が送ったコロッセオの絵葉書が出てきました。思い起こせば、小学校低学年の時、父が半年ほど島を留守にして海外出張に出かけていたということがありました。そのことはおぼろげに覚えているものの、行先や何をしに行ったのかなどについては記憶にありません。コロッセオの絵葉書以外にもいろいろ旅の資料が出てきて、まだ外貨の持ち出しに規制があった時代に、搾油の技術や園芸種の導入を目的にフランス、イタリア、レユニオン島、マダガスカルに赴いていたようです。どうやら、父も同じくローマに至り、私のローマへの道の始まりは父と過ごした小豆島にあったのだと気づきました。森や自然、それも海外をフィールドにするという道のりは、志というよりも自分の好奇心の延長であったのですが、その好奇心の向き先は父親の影響が大きく、奇しくもそれはローマで交差していました。
皆さんも振り返ってみて、どこかで子どもの頃や学生時代の原体験が今のキャリアに影響しているということがあると思います。今、国際協力に関わっている私は、影響を与える側に立っているので、「もっとしっかりしなきゃ。」とコロッセオの絵葉書を眺めながら自戒しています。
国連食糧農業機関(FAO)
シニアアドバイザー
三次啓都
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