第87号 PARTNERコラムForgive and Forget ~ガーナが教えてくれたこと~
外国で生活をしていると、文化や価値観の違いに直面することも多くあります。そうした出来事はその場ですんなり受け入れられるようなこともあれば、少し時間が経って、ようやく腑に落ちるようなものもあります。私が海外協力隊として2年半を過ごしたガーナでも、やはり価値観の違いに直面し、その理不尽さに怒りを覚えるような出来事も度々起こりました。私が“包丁破壊事件”と呼んでいる出来事はその最たるものです。しかし、ある人の一言でその出来事はただの嫌な出来事で終わらず、学びを得るきっかけとなりました。
それは、当時私が住んでいた家に電気配線の修理工を呼んで作業をしてもらっていた時に起こりました。私のガーナでの呼び名「Adjoa(アジュア)」と呼ばれ、行ってみると、そこには綺麗に真っ二つに折れた私の包丁がありました。マイナスドライバーを忘れた彼は、代用できるものを探して勝手に私の包丁を使い、そして折ってしまったのです。ところが彼は「新しいものを買ってやる」と言うのみ。
その包丁は、日本から持っていったほうがいいという先輩からのアドバイスを受けて、母が持たせてくれた大切なものでした。価格の面でも気持ちの面でも簡単に替えのきくものではありません。それが贈り物であったことを伝えても、彼は反省するどころか、あろうことか私に対し「落ち着けよ、そんなことより俺と結婚しよう」と言う始末でした。その彼の態度がどうしても許せず、彼を追い出した後も腸が煮え繰り返る思いでした。
翌朝、私は不機嫌なまま職場である学校へ出勤しました。そこにいるのは生徒も先生も皆笑顔のガーナ人たち。しかし普段なら素敵と思えるその光景も、その日不機嫌な私には不愉快な光景に映ってしまいました。そんな不機嫌な私に「調子はどう?」といつものように話しかけてきてくれたのは同僚のFiiでした。私は前日の出来事を彼に話し、思わず「絶対に許さない!」と声を荒げました。
そんな私にFiiがかけた言葉は「Adjoa、Forgive and Forget(許して、忘れるんだ)」。続けて「本当に強い人間は許すことができるのだ」と言いました。当時の私は、そんなことできるわけがないと思いました。同僚と言っても現地の人にはこの気持ちは理解されないのだと思ったのです。
しかし、帰国して時が経つにつれ、彼のこの言葉が少しずつ理解できるようになってきました。ガーナであれ、日本であれ、理不尽に晒されることはあります。怒りの感情が湧いてしまうことも当然あります。しかし、怒りの感情を抱いている状態では集中もできず、時間の無駄でしかありません。何より、幸せな状態とは言えません。
相手は「自分のものはみんなのもの」というシェア文化を持つ人々。貸したものを又貸しされてなくされたり、壊されたりという話はよく聞くものだったはずです。にもかかわらず、自分のものが壊された時に私はあれほど怒ってしまった。自分のモノに対する執着に気づき、文化の違いを受け入れられなかった自分の非に気づくことができたのです。
相手を許せず、怒りを引きずっていては自分が損をするだけ。だからこそ同僚の彼は「Forgive and Forget」という言葉を私にかけてくれたのでしょう。彼の言葉がなければ、この出来事はただの嫌な思い出として心に残っていただけかもしれません。そんな気づきと文化や価値観の違いを受け入れるきっかけを与えてくれたFiiとガーナに感謝しています。
木曽町 地域おこし協力隊
小川ひとみ
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