国際協力のリアルに迫る3つのストーリー~カンボジアOJT体験記(第2弾)日本の「技術協力」は新渡戸稲造の『武士道』に通じる~

4月にJICAに入構した国際協力人材部の浅川 裕子です。

この体験記では、新人職員海外研修中にカンボジアで出会った、日本によるカンボジアへの国際協力のリアルを伝える3つのストーリーをご紹介しています。

第1弾では、日本で長らく活躍した税関監視艇という「モノ」を供与することを通して、モノを大切に、長く使うという「ココロ」もまた受け継がれたことを取り上げました。

▷第1弾: カンボジアの海の物流を守る、日本で活躍した2隻の船。その正体とは?

第2弾では、日本の協力において欠かすことのできない、「国づくりの担い手」となる「ヒト」を育成する取り組みについて、カンボジアの上水道分野での協力を例にご紹介します。

日本は、国際協力の代表的な事業として「技術協力」を行ってきました。 「技術協力」 は、途上国の社会・経済の持続可能な発展の担い手となる人材を育成するために、日本の技術や技能、知識を途上国の人々に伝える
もの、とされます。

国づくりを担う人材を育成するためには、果たして、技術や技能、知識を伝達することで十分なのでしょうか。
それを日本が国際協力という形で行う意義とは何なのでしょうか。
技術協力のエッセンスとは一体何なのでしょうか。
これらは、OJTという機会を通して考えたいテーマでした。

カンボジアでの3か月間を通して、私自身が辿り着いたのは、
「日本の『技術協力』が果たす役割は、新渡戸稲造の『武士道』が果たした役割に通じる」というものでした。

カンボジアの首都プノンペン周辺のニロートという地域に、日本とフランスの協力によって建設された浄水場があります (ニロート浄水場整備事業 有償資金協力、2014年完成)
次の写真は、8月に訪問した際に撮影したものです。

ニロート浄水場の様子(河川より水を引き込んだ着水井)
ニロート浄水場の様子(河川より水を引き込んだ着水井)
きれいになった水を各家庭に届けるための配水ポンプ
きれいになった水を各家庭に届けるための配水ポンプ
水質を管理し、投下する薬品の量を決めるための検査機器、試薬
水質を管理し、投下する薬品の量を決めるための検査機器、試薬

これらの写真を見て、皆さんはどのような印象を持ちますか?

私が持った印象は、浄水場の完成から5年余り経過しているにも関わらず、非常に「きれいに」「ちゃんと使われている」ということでした。

ニロート浄水場のモン・ティト浄水場長は、技術協力の1つである日本での研修に参加し、北九州市上下水道局で見た日本の浄水場の様子や、研修を通して学んだ「5S(整理・整頓・清潔・清掃・しつけ)」「KAIZEN」(※1)という業務環境改善の手法に感銘を受け、彼自身のイニシアティブで、ニロート浄水場でも
「5S」「KAIZEN」を実践しているそうです。

組織全体で問題解決を行っていくという、日本の産業界の風土・哲学が、国を超えて、分野を超えて、医療機関や浄水場などでも採り入れられているのです。

ニロート浄水場での5Sの取り組みを管理棟内で紹介・周知している。左がBefore、右がAfter。
ニロート浄水場での5Sの取り組みを管理棟内で紹介・周知している。左がBefore、右がAfter。

これはまるで、明治・大正時代に日本の哲学を国際社会に伝えた、新渡戸稲造の『武士道』が及ぼした影響に
似ています。

諸国から学び、日本社会に合うように工夫し、洗練させていくことに長けていたと評価され、注目が集まって
いた近代の日本。

新渡戸は、ドイツ留学中にベルギーの法学者から「宗教教育のない日本は、子孫にどのようにして道徳を教えるのか」と問われて、返答に窮したそうです。

その後、新渡戸は、近代日本の道徳観とは、仏教や儒教、神道の考えに影響を受け、西洋文化や諸制度から学び「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」という価値観が浸透することで形成されている、ということを世界中に発信しました。

これら価値観は、時代と共に変化しながらも、例えば、「不正をなくし透明性を担保しなければならない」
といったように、日本社会の諸制度の前提として浸透していると私は考えています。

国際協力における、技術協力のプロセスは、専門家が日本の教訓や経験の伝達者となり、日本が重んじてきた
技術や知識に加えて、価値観をも伝達しているのではないでしょうか。

さらに、ニロート浄水場の例から学ぶことのできる、もう一つの教訓とは、
「国づくりの担い手」が、現状に問題意識を感じていて、「浄水場をこのように運営し、水道サービスを提供したい」という意思とビジョンがあってこそ、技術協力の効果が発揮されるのだということです。

だからこそ、カンボジアでの経験を通してさらに学び得たのは、言い換えれば、技術や知識、価値観の伝承は、 一方的な伝達だけでは成立しない 、ということでした。というのも、技術や知識、価値観は、受け取る側が必要性・有用性を感じた時にこそ、その国に合うように工夫されて、採り入れられるということに気づいたからです。

カンボジアにおけるJICAの上水道分野の技術協力では、
日本の上水道局から専門家が20年以上にわたって派遣され、首都プノンペンから地方へ、浄水場の整備から水道サービスの質向上へと、カンボジアの人々とともに方向性を定めながら、少しずつ歩みを進めてきました。

このプロセスは、非常に時間がかかる取り組みですが、国づくりの担い手が育った組織では、プロジェクトが
終了し、専門家の手が離れた後も、協力の成果が組織に根づき、担い手たちの自律的な工夫がなされて、組織が発展していくのです。

国際協力における「技術協力」のエッセンスとは、
日本の技術や教訓に加えて、国づくりの価値観を伝えること、
そして、国づくりの担い手と共に、その国の将来のビジョンを描くことなのではないでしょうか。

大学入学試験の面接で、「我、太平洋の架け橋とならん」と言った新渡戸。

日本の国際協力は、太平洋を越えて世界各地に架け橋をかけているのではないでしょうか。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

※1)「5S」とは?…整理・整頓・清潔・清掃・しつけのアルファベットの頭文字「S」を取ったもの。
組織的な取り組みを特徴とし、短期間で成果を可視化できるため、関係者が達成感を得やすい。

「KAIZEN」とは…日本の産業界で開発された職場環境改善及び品質管理の手法。日本の高度経済成長の原動力となった取り組みを総称したもの。

「5S」はKAIZENの代表的なツールの一つとされる。

▷詳細はこちら: 「日本の高度経済成長の原動力となった 品質・生産性向上アプローチ カイゼン(KAIZEN)」

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