コラム 地球規模で生きる人

伊達 文香(だて・ふみか)さん(株式会社イトバナシ 代表兼デザイナー)

「今」を楽しみながら、一歩一歩、進むこと。

学生時代に出会ったインド刺繍に魅せられて、ファッションブランド「itobanashi(イトバナシ)」を立ち上げた伊達文香さん。インドの伝統的な刺繍文化を守るために、24歳で起業しました。最初は手売りからのスタートでしたが、今では奈良と広島に直営店を構え、全国から「itobanashi」の服を愛するお客さんが訪れるようになっています。連載第2回は、「イトバナシ」誕生のきっかけとなった「トビタテ!留学JAPAN」への挑戦、インドで開催したファッションショー、起業後の経験など、伊達さんが今に至るまでの紆余曲折のストーリーをご紹介します。

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「トビタテ!留学JAPAN」への挑戦。

「トビタテ!留学JAPAN」(以下、トビタテ留学)は、文部科学省の留学促進キャンペーン。伊達さんは、2014年からスタートした「日本代表プログラム」の2期生に選ばれて、半年間インドに留学したんだよね。

大学院に進学してからも「インドでファッションショーをやりたい」という思いは募っていたけど、授業や研修に追われて、計画をする時間が持てなかったんだ。もどかしく思っていたときに、トビタテ留学のことを知って、「これだ!何としても合格してインドに行こう!」って思ったの。そこで大学院はいったん休学して、挑戦することに決めたんだ。

私が掲げた留学テーマは「日本とインドのコラボファッションショー」。日本の着物生地でつくったサリー(※)や、サリーの生地でつくった浴衣をインドの女性に着てもらう。そして、人身売買の被害を受けた女性たちがつくったバッグやスカーフをスタイリングして、ファッションショーをやる。目指したのは、日本とインドの文化の融合と、女性たちの仕事を広く知ってもらうことだった。

(※)サリー:インド女性の伝統衣装。5メートル前後の1枚の布を身体に巻きつけ、余った布を肩にかけるドレスのようなもの。

留学の計画書をつくるのは大変だった?

うん。でも自分のやりたいことを見つめ直す、とても良い機会になったよ。ぼんやりとした考えをきちんと整理できたし、「できるかも」という自信にもつながった。そして何より、家族に説明するための材料にもなったんだ。

国際協力の仕事を目指すみんなの中にも、「自分のやりたいことを家族に理解してもらう」というプロセスが発生する人もいると思う。私の場合は臨床心理士になるために大学院にまで進学したから、「なんで休学してまでインドに行くの?」と、両親に言われたよ(笑)。そのときも、トビタテ留学で整理した内容をもとに家族向けの留学計画書をつくって、「どうしてもやりたい!」と説明したんだ。そうしたら理解してもらえて、快く送り出してくれたんだ。

そして、トビタテ留学に見事合格し、半年間のインド留学を決めた伊達さん。ファッションショーのときに、インドの刺繍への興味が高まったんだね。

そうなんだ。ファッションショーの準備中に、刺繍をしている女性がいたから、「その刺繍、かわいいね」って声をかけた。すると、「この刺繍をしていると、故郷のことを思い出せるの」って話してくれて、私は驚いた。というのも、女性たちの中には、故郷の家族や知り合いにだまされて売られた人も多くて、それまで「人身売買の被害を受けた女性は、故郷のことは思い出したくないだろう」と思い込んでいたから。でも、ずっとふるさとを大切に思っている人がいた。故郷を懐かしみながら丁寧に針を刺す彼女の姿を見て、被災地で知った“手仕事の持つ力”を改めて感じた。それと同時に、「故郷を思い出せる刺繍ってどんなものだろう?」と、興味が湧いたんだ。

写真左:ファッションショーの様子。 写真右:開催メンバーとの集合写真。
ファッションショーの様子。 開催メンバーとの集合写真。

インドの刺繍をめぐる旅へ。

インド刺繍をもっと知りたくなったんだね。

ファッションショーが無事に終わったので、残りの留学期間はインドの伝統的な刺繍を知るための旅に出たんだ。刺繍は地域によってさまざまな個性があって、歴史も宗教もまったく違うんだ。「なんて面白いんだろう!」と、すっかり魅了された私は、出会った刺繍の生地をどんどん買い集めていったの。

写真左:インド各地を巡る。 写真右:色とりどりの刺繡に魅了された。
インド各地を巡る。 色とりどりの刺繡に魅了された。

そして、「せっかく集めたから、この生地で服をつくって売ってみたい」と考えるようになったんだ。でも、縫製の知識も技術もないから、服をつくるならプロにお願いするしかない。そこで、資金を稼ぐために学生向けのビジネスコンテストに応募し優勝。その賞金でパタンナー(※)さんに頼んで、服のサンプルをつくってもらったの。それを元に、ほそぼそと服の受注販売会のようなものを始めたんだ。

(※)パタンナー:デザイナーの描いたデザイン画をもとに型紙(パターン)を起こす人のこと。

「itobanashi」をスタート。

それが、伊達さんのビジネスのスタートだったんだね。

そうだね。同級生たちが臨床心理士を目指す中、私は個人事業主として先は見えなかったけど、「とりあえず、やれるところまでやってみよう!」と服作りをスタートした。インドで生地に刺繍を入れてもらって、日本の縫製工場で服を仕立てるスタイルで、服のデザインは私がやったんだ。
同時に、洋裁教室に通って服作りの基礎を学んだり、ビジネスコンテストで知り合った縫製工場のオーナーに相談したりしながら、服飾の知識もつけていった。「分からないことは聞く」をモットーに、少しずつ、手探りで始めていったよ。

大学院卒業後は、上京してインドに行った経験のある女の子たち3人とシェアハウスで生活しながら、服のデザインと販売を続けたよ。つくった服を車に乗せて、地方のレンタルスペースやギャラリーの展示会をまわる日々。ただ、それだけでは食べていけなかったから、同時にアルバイトもしていた。アパレルのバックヤード業務を手伝いながら、「今度の展示会をどうしようかな」と考える……そんな毎日だったよ。

コツコツ頑張っていたんだね! 株式会社にしようと思ったきっかけは?

ずっと、ボランティアの延長みたいな感覚でやっていたけれど、だんだん継続できる仕組みをつくりたいと思うようになったんだ。会社として収益を見据えて、しっかり基盤をつくらなければ、続けていくことができなくなってしまうから。それで、社会起業家をサポートする起業塾に通って、法人化したんだ。大手百貨店さんのイベントブースにも出るようになって、少しずつ「itobanashi」のファンになってくれる方も増えてきた。でも……そのタイミングで、新型コロナウイルスの流行がはじまったんだ。
緊急事態宣言が出されて、百貨店が軒並み休業に。私は服を売る場所を失って、収入の見通しがまったく立たなくなってしまった。ショックだったよ。「小売業は売り場を失うと、本当に売上がゼロになるんだ」って、実感させられたんだ。

百貨店で販売していた頃。
百貨店で販売していた頃。

古民家を拠点に。「今」を楽しみながら一歩ずつ。

今、「itobanashi」は奈良と広島に、古民家をリノベーションしたすてきなお店を構えているよね。古民家を拠点にしようと思ったのはどうして?

大学時代に知り合った先生が、広島の古民家で「ほたる荘」というコミュニティスペースを運営していて。売り場をなくして困っているとき、ありがたいことに「ほたる荘を使っていいよ」って言ってもらったんだ。それで、空いているスペースを借りて、小さなアトリエを開いた。最初は予約制にして、呼んだのは知り合いやリピーターさんのみ。それが意外と好評で。自分の拠点を持つことの重要性を痛感していた私は、「私にはこの形が合っているのかも」って思った。そして事業も少しずつ安定していったんだ。

リノベーションした古民家。
リノベーションした古民家。
伊達さんは、道筋を決めてから動くのではなく、まずは好きな方向に進んで、やりながら試行錯誤していくタイプなんだね。

そうかもしれないね。起業家にもいろいろなタイプの人がいると思うけど、私は先を考えすぎず、「一歩進んだら、次の一歩」という感じでやってきた。そういう姿勢も、インドの女性たちと知り合って学んだんだよ。
人身売買の被害に遭って想像を絶するような経験をしてきたはずなのに、彼女たちはとても軽やかなんだ。「いろいろあったけど、今は楽しく過ごせているよ」って言う。それを聞いたとき、すごく「いいな」と思った。私は勝手に、「今も苦しみを抱えているんじゃないか」と想像をしていたけど、彼女たちは力強かった。縫製の仕事や仲間とのおしゃべりを楽しみ、美味しいものを食べ、新しい「今」を生きている。そんな姿を見て、私もそうありたいって思ったんだ。

トビタテ留学への挑戦をきっかけに、起業を果たした伊達さん。「今」を楽しみながら一歩一歩進んでいます。次回は、仕事のやりがいや、これからの目標、ルーキーズ世代へのメッセージをお届けします!

※本記事の取材は、2022年10月にオンラインにて実施しています。

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プロフィール

伊達 文香(だて・ふみか)さん(株式会社イトバナシ 代表兼デザイナー)

奈良県五條市出身、31歳。広島大学に進学後、インドに複数回渡り、女性の人身売買被害などの現状を知る。大学院進学後にトビタテ!留学JAPAN2期生として、インドで現地NGOとファッションショーを共催し、女性活躍の場の創造を目指す。インド刺繍に惚れ込み、途上国の刺繍を扱うブランド、itobanashiを起業。ビジネスコンテストでの優勝などを経て法人化後、株式会社イトバナシとして奈良、広島で月に3日オープンする「ししゅうと暮らしのお店」を運営する。2022年からはカカオ豆から作るチョコレート専門店chocobanashiも始動、文化学園大学特別講師も務める。とにかくやってみるがモットー。

WEB https://itobanashi.com/