コラム 地球規模で生きる人
安田 大志(やすだ・たいし)さん(株式会社坂ノ途中)
まだ日本では珍しいアジアのコーヒーを
広める。現地の農家さんと、じっくり事業を“熟成中”!
家族旅行先のカンボジアで目にした光景。小学生の自分と同じ歳ほどの少年が、なぜ物乞いをしているのか、自分とは何が違うのか。
その時、彼の中に立った小さなアンテナは、大学生になって大きく動き始めます。
「百年先もつづく、農業を。」をテーマに、環境への負担が小さい農業の普及に取り組む会社に就職した理由とは。ラオスやミャンマー、タイ
などアジアのコーヒー農家さんたちへのサポート、ITとのコラボなど、「貧困のない世界を」目指して、時に迷いながら、時にアプローチ方法を
変えながらも、着実に大きく広がっていく輪。全3回シリーズでお届けします!
安田さんの仕事ってどんなこと?
安田さんはアジアのコーヒー農家さん、その中でも比較的小規模な農家さんのサポートをしているよ。
- 安田さんのお仕事内容を教えて!
-
農家さんのサポートとしては、まず現地の人がこれまで植えてきた作物や、暮らし方を確認した上で関わり方を決めていくんだ。
たとえばネパールではコーヒーの苗を植える栽培計画の段階から関わったり、ラオスではコーヒー農家さんに「アグロフォレストリー」の
考え方を取り入れたり。その他にも、現地で収穫されたコーヒー豆を日本に輸入して販路拡大をサポートしたり、コーヒーを軸にした新事業なども担当しているよ。
- 「アグロフォレストリー」ってどんなもの?
-
農業(Agriculture)と林業(Forestry)を掛け合わせた言葉で、「農地のために森林をむやみに切り開くのはやめよう」
「森と、森がもたらしてくれる多様な価値を残そう」という考え方による農法だよ。たとえば、森を開いてゴムの木やトウモロコシの
プランテーションを始めようとしている農家さんには、森の中でコーヒーを栽培することをお勧めしたり。平地で一から畑をはじめようとしている農家さんには、「コーヒーの木は2メートル間隔で植えましょう」「コーヒーの木への直射日光を避けるためのシェードツリーと
して、アボガドを5メートル間隔で植えましょう」「コーヒーの木が大きくなるまでは、空いたところにウリなどの野菜を育てましょう」という風に提案しているんだ。新たに森を切り開かなくても複数の作物が収穫できるから、豊かな森も守ることができる。環境への負担をなるべく小さくする農業の普及に取り組んでいるんだ。シェードツリーがあることによってコーヒー豆がゆっくり熟していくから、完熟の実だけを手摘みで丁寧に収穫することで、品質向上にもつながっているよ。
-
アグロフォレストリーを取り入れる意味は、農家さんの収入を短期的に増やすというより、収入を中長期的に安定させるという意味の方が
大きいんだ。コーヒーだけで生活していこうと思えば、森を大きく切り開き、後で世話をしやすいように1列にコーヒーを植えて、肥料と
水も計画どおりにあげる方がいい。でもこれは、時間もお金も手間もかかるし、コーヒーに頼りっきりでリスクも大きいよね。コーヒー専業でやるならいいけれど、僕が関わっているのは兼業農家さんが多い。10月にお米を収穫して、野菜も3ヶ月サイクルで育てて、牛も
いて、コーヒーも栽培するといった忙しい毎日を送っている。だからアグロフォレストリーに限らず、農家さんやその土地に合った提案、
やり方を一緒に考えるようにしているんだ。ラオスでのこうしたサポート事業のことを当初「メコン・オーガニック・プロジェクト」と名付けていたけれど、現在ではフィリピンや
ネパール、中国などでも活動地域が広がってきていること、またコーヒーを軸にした事業の広がりも考えて「海ノ向こうコーヒー事業」と
いうブランド名で事業を本格的に開始したんだよ。
豊かな森を守りたい、現地の森でそのヒントを見つけた。
ラオスの農家さんと密にやり取りをしている安田さん。これまでの経緯について教えてもらったよ。
- どうして、ラオスでプロジェクトを立ち上げたの?
-
会社として海外事業を最初に手掛けたのが、東アフリカのウガンダ。僕がこの会社に入る前にスタートしていた有機農業の普及活動で、
僕も勉強のために2ヶ月間は携わったんだ。その後、焼き畑農業によりラオスの森が減少していると聞き、何かできないかなあと思ったのがきっかけだよ。焼き畑農業自体は以前から行なわれていたけれど、「もっと生活をラクにしたい」「畑を広げよう」という発想から森をどんどん焼いて畑にした結果、土地が枯れてしまっていて。農家さんたちも困って、どうしたらいいのか模索しているところだったんだ。でも、最初からコーヒー栽培が目的だったわけではないんだ。ラオス北部にあるルアンパバーンという街の近くのロンラン村で、実際に森の中にコーヒーの木が植わっているのを見て「これだ」と。豊かな森を切り開く必要がなく、日陰でゆっくり熟することでおいしいコーヒーもできるからね。
- それがアグロフォレストリーを取り入れるヒントになったんだね!
-
ラオスの人たちはね、もともとひとつの土地にさまざまな木を植えて生活している人たちだったんだ。ある農家さんの庭ではパパイヤ、
バナナ、マカデミアナッツが実をつけ、その横にはお茶の木が植わっていたり、トウモロコシや野菜も育てていたり。そういう多様な状態が美しいと思える人たちだったことも、アグロフォレストリーが受け入れられた理由だろうね。
小さい頃のカンボジアの記憶が今につながる。
安田さんが今の仕事に就こうと思った最初のきっかけについて、振り返ってもらったよ。
- 世界に目を向けるようになったのはいつから?
-
小学2年生から5年間、父の仕事の関係でシンガポールで暮らしていたんだ。ある日、家族でカンボジアのアンコールワットを観光していた時、自分と同じ歳くらいの子どもが寄ってきたんだよね。片手、片足がなく、お金をくださいと。かわいそうだと思ってお金あげようとした時に、父に止められたんだ。何も分かっていないおまえがあげるなと。その時は、何が分かっていないかさえ分かってなかった。
それからしばらくして、あの子は地雷で手足を失ったということを知ったんだ。しかも、同情を得るために子供の手足を親が切り落とす
こともある、なんてことを知ったのもこの時。この出来事をきっかけに、貧困問題をはじめとする世界の現状についてテレビ番組を見たり、人に聞いたり、本で調べながら少しずつ知識を深めていったよ。自分と何が違うのかを考えるようになったかな。普通だったら聞き流すようなことも、僕の中に立った興味のアンテナがキャッチするようになったんだと思う。
プロフィール
安田 大志(やすだ・たいし)さん(株式会社坂ノ途中)
株式会社坂ノ途中/海外事業部マネージャー 海ノ向こうコーヒー産地担当
大阪大学法学部国際公共政策学科卒。小学生の時に地雷で手足を失った同じ年頃の少年に出会ったことをきっかけに、貧困や平和について少しずつ勉強し、考えるようになる。大学在学中より、インドのスラムに住む子どもたちにダンスを教えるなどのNPO活動を開始。2016年、株式会社坂ノ途中に新卒入社。ラオスでの小規模農家へのサポートを経て、現在は“アジアのコーヒーに詳しい人”として日本での販路拡大や、ITをはじめとする異業種とのコラボにも挑戦中。