コラム 地球規模で生きる人
小畠 瑞代(こばたけ・みずよ)さん(認定NPO法人かものはしプロジェクト ソーシャルコミュニケーション担当ディレクター兼日本事業担当)
「社会問題について語り合える仲間がいて、声を上げられる場所がある。」
児童買春や人身売買の問題を解決するため、2002年に活動を始めた認定NPO法人「かものはしプロジェクト」。小畠瑞代さんが参画を決めたのは10年前、33歳の時でした。大学卒業後は一般企業に就職しましたが、国際協力への想いを捨てきれず、かものはしプロジェクトへの転職を決意。現在は広報活動や寄付会員とのコミュニケーションを担当しています。連載最終回は、小畠さんが今の仕事を通して感じていること、かものはしプロジェクトと小畠さんがこれから目指すもの、ルーキーズ世代に伝えたいメッセージを教えてもらいました。
想いを共にする仲間と、社会活動に参加できる喜び。
- 一般企業に10年勤め、33歳のときにNPO法人「かものはしプロジェクト」へ転職した小畠さん。国際協力の世界に入って、どんな変化があった?
-
転職して一番良かったと思うのは、世の中で起きている社会問題に対して声を上げる場所ができたこと。それまでは、辛いニュースを目にするたび「こんなに悲しいことが起きているのに、自分には何もできない」という無力感に襲われていたの。でも今は、仕事を通してできることや、支援につながる方法を考えられるようになったし、社会問題について話し合える仲間ができた。もちろん私の力なんて微々たるもので、無力な自分を嘆くこともあるけれど、小さな一歩を踏み出せる場所にいられることが、すごく救いになっているよ。
- 小畠さんは、かものはしプロジェクトに入職して10年になるんだね。今までの仕事で、印象に残っていることはある?
-
ここにきて驚いたのは、支援者の方から「寄付をさせてくれてありがとう」と喜びの声をいただけること。私たちの方が助けられているのに、「かものはしさんに寄付をすることで、私も社会活動に参加できています」と、逆に感謝してくださるの。「そうか、寄付をすることは、社会活動参加への入り口の一つなんだ」と気づいたんだ。私は、毎年かものはしプロジェクトの活動報告書を作っているけれど、私たちの活動を支援者のみなさんにしっかり伝えていくことも、大切な役割だと思ったよ。
もう一つ、印象に残っているのは、インドの“サバイバー”からもらった感謝の手紙だよ。“サバイバー”というのは、過去に児童買春の被害に遭ったけれど、心身ともに回復し、自分の人生を歩み始めた女性たちのことで、尊敬の気持ちを込めて“サバイバー”と呼んでいるんだ。
かものはしプロジェクトでは、「リーダーシップネクスト事業」を通して、“サバイバー”自らが児童買春問題の解決に向けて動けるようにサポートしてきた。ある日、その彼女たちのリーダーが「かものはしのみなさんが応援し続けてくれたことで、活動することができています。本当に感謝しています」と、手紙に書き綴ってくれたんだ。現場からそういう声をもらえるのは、本当にうれしい。「この仕事をやっていて良かった」と心が温かくなった出来事だったよ。
一般企業での長い経験が、今の自分を助けてくれている。
- 小畠さんが入職したことで、かものはしプロジェクトにも変化はあった?
-
私は一般企業での経験が長かったから、「目標を達成するために、いかに素早く行動するか」という性分が身に付いているの。でもNPOのような組織は、トップダウンでも多数決でもなく、「時間をかけても、みんなが納得できる方法を話し合おう」という風土が浸透しているんだ。それはもちろん良いことだけど、場合によっては素早い決断が求められるときもあるよね。私が来たことで、「ここはちょっとスピーディーに動こう」という判断になることが増えたかな、と思っているよ。
前回も話したけれど、私は30歳を過ぎてから国際協力の世界に入ったから、「出だしが遅かった」「何でもっと早く動かなかったんだろう」って、最初はすごく後悔した。「せめて20代後半のうちに行動していれば、もっとできることがたくさんあったのに」とかね。でも、今は「遅い転職も悪くない」と思っているの。10年間の会社員での経験に助けられている場面がたくさんあるからね。
日本での活動をスタート。単純な善悪では語れない問題に挑んでいく。
- かものはしプロジェクトのこれからの目標は?
-
かものはしプロジェクトは、インドでの事業に加えて、日本での活動に力を入れていくよ。共同創業者の村田さんが19歳で組織を立ち上げてから、子どもが生きやすい世界をつくるために、ずっと海外を拠点に活動を続けてきた。でもメンバーが家族を持ち、子育てをするようになってくると、“実は日本でも、海外と同じようなことが起こっている”ということが分かってきたんだ。
児童買春はほとんどないと思っていた日本でも、子どもらしい生活を送れない子どもがたくさんいるんだ。児童相談所への虐待の通報件数も、10年前と比べて20倍になっている。遅まきながら、自分たちを育んだ日本社会で起こっている問題に気づいた私たちは、今年から日本での活動をスタートしたんだ。
「虐待問題は親の責任だ」といわれる風潮もあるけれど、私たちは、核家族化や貧困率の上昇など、今の子育てを取り巻く困難な社会状況が、虐待という形で表れていると考えているんだ。だからこそ、まずは子どもを育てるパパ・ママをサポートすることが必要だと考えているよ。私たちが目指しているのは、子どもが生きやすい社会だけれど、そのためには大人も生きやすい社会にしなければならないよね。誰もが大切にされる世の中を目指して、これからも活動を続けていくよ。
- 小畠さん自身は、これからどんなことをやっていきたい?
-
この仕事を始めて、児童買春の問題は“罪を犯した人が悪”という、単純な図式には当てはめられないことが分かってきた。例えばインドでは、元被害者の女性が加害者になっているケースもあるんだ。子どもの頃に売春宿に売られ、逃げる術もなく、そのまま生きるしかない状況に追い込まれる。そして、年を重ねて仕事がなくなれば、ホームレスになるか、そのまま売春宿のオーナー(マダム)になるという選択肢になる。マダムとして児童買春を行う側になってしまった女性を、簡単には責められないと思う。
児童虐待の問題もそうだけど、社会で起きている問題は複雑で、“これが悪だ”と決めつけることはできない。私は、そのことを広く伝えていきたいと思っているよ。単純な善悪で判断しないで、なぜその問題が起きてしまうのか、深く考えてもらうきっかけをつくりたい。そして、もし置かれた状況のせいで間違った道を選んでしまう人がいても、何度でもやり直せる世の中にしてけたらいいなと思っているよ。
プロフィール
小畠 瑞代(こばたけ・みずよ)さん(認定NPO法人かものはしプロジェクト ソーシャルコミュニケーション担当ディレクター兼日本事業担当)
NPO法人かものはしプロジェクトの「この問題は必ず解決できる」という信念に共感し、子どもがだまされて売られてしまう問題を世の中に広く理解してもらうため、また自身の経験や知恵をソーシャルグッドに活かしたいという思いから、営利企業での広報、マーケティング、プロモーション職を経験した後、広報・ファンドレイジング(資金調達)担当として2012年7月にNPO法人かものはしプロジェクトに参画。
最近の関心は、イノベーションやフラクタルな世界が生み出されるのは対話の場だと信じて、多様な人が参加できる場作りをすること。システムコーチ。新しくて挑戦できるものが好き。